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*
朝起きると弄る手がつるつると滑る。
あれ? なんか肌触りが……
「へぇーっくしょん!」
「大丈夫? 風邪引いちゃった?」
盛大なくしゃみに鼻を擦りながら、私はぼんやりと身を起こした。
隣の彼が心配そうに一緒に身を起こしたが、向き合った私は硬直する。目の前には見た事もない裸の男が座っていた。
「ぎゃーー!!!」
私の眠気は、叫び声と共に一気に吹っ飛んでいった。
服を着て、いつものように食卓に着いたのだが、いかんせん落ち着かない。
「それ、……とってもらっていいですか?」とソースを求めてみるのだが、自覚できるほど目が泳いでしまう。
「なんで敬語なの?」と彼がソースを渡してくれる。
「だって、初めて会った人みたいで、緊張しちゃって」
(壮大などっきりだったらどうしよう)
などと私は思わずにはいられない。
彼がおかずに目を落として、沢庵を口に運ぶ。
その長い睫毛に、深い毛に覆われていたあの面影を見る。
『やっぱり、ご本人よねぇ』
ぼそりと呟くと「え?」と彼が顔を上げる。
「何でも無いよ」
人間の男性に戻る事ができて、しかもこんなに彼はイケメンなのに、それを残念に思ってしまう自分はどうかしている。
まさか変な性癖が潜んでいるのではなかろうか。
*
彼は嬉しさを隠せない様子で、嫌っていた鏡を覗き込んでは、自分の顔を引っぱったり押したり百面相で忙しい。
「良かったね」
本当に、それは私も心からそう思う。嬉しそうな彼を見ていると、こっちも幸せな気分になるのだ。
でも、鏡の中の彼に近づくと、振り向きざまに突然顔を寄せて来た。私は思わず「おぉわっ!」と身を引いた。
そんな私を見ていた彼が傷ついたような顔をした。
「……気づいてた? 僕が元に戻ってから三日も経つのに、一度も触って来てないんだよ」
「だって、慣れなくて」
「バケモノの姿の時は触りまくりで、全然怯えなかったくせに」
私は言っていいものかと考えつつ、かゆくも無いおでこを掻いてみる。
「実は男の人ってちょっと苦手で」
彼は唖然呆然として私を見てくる。
「あの、ほんのちょっとだよ??」とフォローしてみるのだが、「そんな……」と言ったまま棒立ちになる。
「僕……また今から行ってくる!! あの呪術師を探してくる!!」
「待って待って、そんな事しなくていいから!」
「だって僕の事苦手なんだろ!?」
「慣れないだけだって! ほら、こんな素敵な男性だとは思ってなかったからさ」
彼の目が据わっている事を私は見逃さない。
「おーい、聞いてるかーい??」
黙りこんだまま、彼は私に背を向けて居間を出て行ってしまった。
(怒っちゃったか、どうしよう)
でも……
ここだけの話だけど、やっぱりその手が私に伸びて来なくて、ちょっとホッとしたのも事実だった。
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