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 里長(さとおさ)の家は広く、うちに十を超える男が入っても、まだ余裕があった。板張りの部屋は暗闇に溶け、中央の蝋燭に灯された火だけが男たちの顔を照らしている。露光の里長は人徳がある人物で、自分の蓄えも惜しみなく飢えた里民に分け与えていたため、里長の家といってもただ広いだけで、里民と比べて豊かであるということはなかった。  少し遅れて、集会に顔を出した余暉は、そこに見知らない男がいるのを見て怪訝に感じた。 「彼は?」  遅れたことを詫びながら、里長の傍に腰を下ろし、尋ねる。余暉とそう年が変わらず、幼馴染として永く付き合ってきた里長、遠陽(えんよう)は頷いて答えた。 「妖魔狩りをする者だ」 「妖魔狩り?」  問い返しながら、男を見やる。蝋の火に照らされた顔は精悍に尖っていて、余暉や遠陽よりは年若く、三十くらいに見える。余暉と目が合って、彼は軽く頭を下げた。 「雪降らしが飛ばず、長らく不作が続いていると聞き、馳せ参じました」 「お前が飛ばしてくれるのか」 「いいえ、私は殺すしか能がありません」  あっさりと答える男に、余暉は言葉を失う。男は、比晶(ひしょう)と名乗った。 「雪降らしには杭が刺さっております。刺激しない程度に近づいてみましたが、あれは私と同類のものの仕業でしょう」 「……と、いうと?」  眉をひそめて遠陽が尋ねると、比晶は脇に置いていた笈箱(はこ)から、手のひらくらいの大きさの杭を取り出した。余暉はその杭に見覚えがあった。蓮花の母、花梨が持っていた杭とよく似ていた。 「これは妖魔狩りを生業(なりわい)とする者が使う杭です。森の雪降らしには似た杭が刺さっていました。おそらく、露光の里の傍へ飛んでくる前に、どこかで杭を打たれたのでしょう……雪降らしは害妖ではありませんが、羽根は高価で取引される。意地の悪い者が打ち込んだのでしょう。雪降らしは臆病な性格をしているので、外に飛び立って杭を打たれることを恐れ、安全な森から動くのをやめたと考えられます」 「あの雪降らしに杭を打ち込んだのは、里の女だった」  遠陽の言葉に、比晶は苦笑してみせた。 「何の訓練もしない女に、妖魔に杭を打つことなど無理ですよ。雪降らしは大人しい妖魔とはいえ、女一人を喰うのは容易い」 「しかし、花梨は……女は杭を持って森を歩いていた……」 「妖魔の体から落ちた杭を拾っただけではありますまいか」比晶は答えてから、怪訝そうに眉をひそめた。「なぜ女の話などするのです?」 「いや、何でもない」  遠陽は首を横に振ったが、その顔は蝋の火でもわかるほど青ざめていた。余暉も、全身から血の気が抜けるような心地だった。  花梨は雪降らしに杭を打ったわけではなかった。沼に沈んでいく女の姿を思い出し、余暉は卒倒しそうになった。 「雪降らしは飛びません。このままだと露光の里は雲と霧に包まれ、暮らしてゆくことなどできなくなります。ですから、雪降らしを殺すのです」 「雪降らしを殺すとどうなる」  遠陽が尋ねると、比晶は里の男たちを見渡しながら、低い声音で言った。 「真雪は二度と降りません。しかし、雲は晴れ、陽光が射し、雨も降るようになります。雪降らしの来ない里と同じように。今までのように豊作続きとはなりませんが、不作は食い止められるはずです」  遠陽は渋い顔をした。しかし、もうどこの家も蓄えが尽きかけていた。これ以上耐え忍ぶのは無理だと、余暉も考えている。余暉が促すような視線を送ると、遠陽は頷いた。 「わかった。雪降らしを殺してくれ。報酬はどうすればいい」 「雪降らしの羽根を頂きます」  比晶の言葉に、遠陽は躊躇いなく頷いた。余暉も、他の男たちも、異論はなかった。
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