あやかし町のハサミ女事件 ~雨ときどき狐と猫〜

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あやかし町のハサミ女事件 ~雨ときどき狐と猫〜

 ぽかぽか陽気の日に縁側で横になっていたら、バタバタと君がやってきて僕をつついた。 「ねぇ、ハサミ女って知ってる?」  せっかく気分良く寝ていたというのに、いきなりいったい何のことやら。 「洋裁の得意なおねえさんなら、四丁目にいるよ」  僕は欠伸をしながら適当に答える。 「違うよ。ちかごろ町にハサミで切りつける女が出るんだって」 「物騒な世の中だねぇ」  ふぁ、と欠伸をすると君は眉間に皺を寄せ僕を睨む。 「ハサミ女を捕まえようよ!」  そんなのどうでも良いと、二度寝をしようまぶたを閉じた僕をみて君はパンチを食らわせてきた。  どうやら君は本気で言っていたらしい。  その日、日中の晴天が嘘のように夕方には曇天に変わり、商店街のアーケードの外は小雨がぱらついてきた。  刃物屋の店主はそろそろ店じまいの準備をしようと店外に出ると、髪の長い女がぼーっと立っていた。 「お客様、何か入り用ですか?」  恐る恐る近づき声をかけても、無表情でピクリとも動かない。 「切るものが欲しくて」  女は店先に陳列してある商品をじっと見つめている。 「切るもの? こういった包丁ですか?」  店主は一番汎用性の高いものが良いかと思い、三徳包丁を指差して言った。 「いえ、違うのです」 「じゃぁ、ハサミとかそういったものですか?」 「ハサミは持っているのです」 「それなら、何が欲しいっていうのですか」  店主が女の顔を覗き込むと、ギロリと目が動き店主を睨んだ。 「欲しいのは、このハサミで切るものだよ!」  女はハンドバッグから大きな裁ちばさみを取り出し店主に襲いかかる。  店主は驚いて後ろに尻餅をついた。  女が喉元をめがけてハサミを振りかざした瞬間、店主の後ろから猫が飛びつき女の首元にガブリと噛みついた。  女が首元の猫を振り払おうとしても、噛みついたままなかなか離れない。  怯んだ隙を見て店主が裁ちばさみを力ずくで奪うと、瞬く間に女は霧のように消えてしまった。  噛み付くものがなくなった猫はふわりと地面に着地をし、店主はみるみると小さくなり、化けていた店主の姿からいつもの狐の姿に戻った。 「やっつけたね」  僕は逆立った顔の毛を左手で整えてから、女が落としていったハサミを右手先でちょいちょいとつつく。鉄で出来ているそれは随分と重たそうだ。 「あれ、このハサミに何か書いてある」  近づいて見てみると、刃の裏側に文字が刻まれていた。 「〇〇神社」 「そんなところあったっけ?」  僕と君は見つめあう。 「昔ね、縁切りで流行った神社よ。今はもう廃業しちゃってるけど」  声の方向を見ると店の奥から刃物屋のおねえさんがやってきた。手にはお皿を2枚持っている。ひとつは油揚げがのっており、もう片方にはツナ缶がのっていた。僕たちの好物はすっかり心得ているみたいだ。それを足元に置くと僕たちはまっしぐらに駆け寄り、ばくばくと頬張る。その様子を笑顔で見つめながらおねえさんは「ありがとう」と、言って僕たちを優しく撫でた。 「ところで、君たち。どうしてここに来るってわかったのかしら?」 「ハサミ女は町の刃物屋さんを一軒ずつ時計と逆回りに回っていたのさ。すると、次にくるのはこのお店だからね」 「その情報はどうやって手に入れたの?」 「猫の情報網を侮ったらダメだよ」  僕は綺麗に皿を舐め回してから、撫でるように顔を拭いた。  野良猫の井戸端会議なら、どんな情報だって手に入れるのは簡単だ。 「あなたたち、凄いのね。でも、どうしてこの時間に来るってわかったのかしら?」 「今日は雨が降ると思ったから。ハサミは雨に濡れると切れなくなるから濡れる前にくると思ったのさ」  君は油揚げを美味しそうに頬張りながらドヤ顔で言った。 「でも、今日の天気は晴れの予報だったじゃない。もしかして、猫ちゃんのヒゲの濡れ具合でわかったのかしら」 「それもあるけどね。もう一つ理由があって」 「何かしら?」 「狐の親戚が嫁入りしたからさ」 「あら、おめでとう。お祝いしなくちゃね」  そう言っておねえさんは僕たちを交互に撫でた。  狐は撫でられながら「主人に化けるのが上手ね」なんて褒められ、まんざらでもない様子だ。まだ三分も化けていられないくせに。ハサミ女を退治しようと持ちかけてきたのも、おねえさんにいい格好をしたかったからだろう。まったくわかりやすいやつだな。しかし、おねえさんは僕を撫でるのが上手だ。特に喉元が最高。ごろごろ……。  後日、おねえさんがハサミ女について調べて教えてくれた。  ハサミ女は神社の娘の幽霊じゃないかって話だ。  その娘は神社の跡取りの予定だったらしい。だけど、父親が再婚して連れ子が跡取りとなってしまったため家を出たそうだ。  娘はその後、若くして亡くなってしまったらしい。  そして、連れ子はあまり神事に興味がなかったらしく、継いだ後、しばらくすると神社は閉鎖してしまった。連れ子はいま何をしているかはわからないみたい。  悪縁を断ち切るという神社でハサミが祀られていたのだけれど、恨みを持った娘はハサミで全て切り裂いてやるって思って十三回忌に化けて出てきた。 っていうのが、おねえさんの推理。僕たちは話を聞いてる時にはすでに関心はおねえさんがくれたおやつに移っていたので、とりあえずその話を信じることにした。 おわり
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