パブ

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パブ

「マキシム、疲れたし一休みと行こう。近くにいいパブがあるんだ」 「それはいいアイデアだね。ぼくも少し疲れてきた。足を休ませよう」 「よしきた! それじゃ早速向かおう。二百年前からやっている歴史あるパブなんだ。そこのエールは世界一美味いんだ。きっとマキシムも驚くよ」 ぼくらは白く染まった街を再び歩いた。踏み固められた雪は硬くなり、太陽の光によって溶け出している。道の恥の排水溝は雪解け水が土と合わさり黒く濁って流れ出ていた。しばらく歩くとお目当てのパブに着いた。建物は屋根と日差しが黒と緑を合わせたような色で壁はクリーム色に塗られた小さな家のようだった。月日によって建物の均等は崩され、外からみると左側の屋根や壁がへこんで押しつぶされているようだった。台風などの災害があれば崩れそうなその建物は、時の残酷さと儚さを象徴しているようで、とても愛おしく感じた。四角い窓枠からはロウソクの光と暖炉から発せられる自然の光が漏れており、陽気な笑い声が中から聞こえてきた。 ぼくらは木製の厚く重い扉を押して中に入った。中は暖炉と人の体温で温かく、かじかんだ手がほどけるのを感じれた。マックスが一直線にカウンターまで行き、ぼくを読んだ。 「マキシムは何を飲む? おれは地元で作られてるペールエールを飲むよ。グレープフルーツのような香りと程よい苦味がたまらないんだよ! このエールはここだけの限定品なんだぜ」とマックスはウィンクをして話してくれた。 「じゃあ、ぼくも同じのを頼むよ。 お金はどうすればいい?」とぼくは尋ねたが、マックスは片手を横に二回振り、いらないよと信号をぼくに送った。 マックスはエールを頼む際にぼくの自己紹介を熱を込めてカウンターの人に伝えていた。従業員も熱心に頷きながら話を聞き、黄金色のエールをパイントの瓶になみなみと溢れるほど入れてくれた。泡がほとんどないその液体はりんごジュースのように見えた。なみなみと注がれているので、手に持った際に短く一口飲む。杯を口に近づけた時、穀物の香りと柑橘類の匂いが鼻を抜けていった。一口飲むと確かにグレープフルーツの香りが口いっぱいに広がり、その後に心地いい苦味が続いた。席に着くと乾杯をし、すかさず口一杯にエールを飲んだ。喉越しの良さと癖になる味がたまらなく良い。次々に口に運びたくなってしまい気がついたら既に半分なくなっていた。マックスもニコニコしながら飲み物をあおった。 エールを嗜みながら今日の出来事やぼくの過去を話した。暖炉の火と円形の瓶に入って静かで平和なロウソクが気分を和らげる。マックスはぼくの話に耳を傾けてくれるため、ぼくの生まれや育ち、半生を二時間ほどかけて話した。頷きながら、メモを取りながら聞いてくれるマックスは最高の聞き役だった。話していると喉が乾くので、話している間に三杯お代わりをした。マックスは飲み物を頼みに行くたびにぼくの話をカウンターの従業員に話していた。 気がつくと日は暮れて街は暗くなっている。ツマミもなしで飲み続けたこともあり、ひどくお腹が減っていた。マックスも同じようで、パブでご飯を食べることに決めた。ぼくは店員おすすめのローカルフードを頼み、マックスはフィッシュ&チップスを頼んだ。料理を頼む際にマックスがいつもの倍の時間をかけて従業員にぼくの話をしていたのが印象的だった。この街の人はみんな話好きが多いんだと感心をした。しばらくすると、エプロンを着た料理人が料理を持ってきてくれた。ぼくのメニューはウサギのビール煮込みだ。見た目が肉の塊のため説明されるまで何かわからなかった。マックスのフィッシュ&チップスは山盛りのポテトと手のひらサイズの大きな魚のフライがお皿の半分を堂々と占めていた。マックスは全体にお酢と塩をふりかける。振りかけたお酢の量が凄まじく、お皿に酢の溜りができていた。これがこの国の食べ方だそうだ。ぼくはウサギの肉をナイフで切り恐る恐る口に運んだ。これまで豚と鳥、牛しか食べたことないぼくにとってはウサギは挑戦に等しかった。肉はホロホロと柔らかく粘り気のある茶色のソースがよく絡んでいる。甘酸っぱくコクのあるソースが舌の上で踊り、肉は噛めば噛むほど味が口全体に染み渡った。美味い! 食感は鶏肉に似ているが、肉の味が濃い。酸味と甘みが上手く合わさったソースがウサギ肉とよく絡む。それをエールで流し込むと、天にも昇る心地だった。ご飯を食べてからもぼくらはパブに居続けエールをしばらく楽しんだ。店を後にした時には八時を過ぎていた。 外に出るとあたりは暗く街灯が白い雪を照らしていた。街のイルミネーションが光り輝き建物や街路路を彩っていた。昼とはまた違う美しさが街を包む。夜の静けさを光が音もなく照らす。崩れるのことない平和を街にもたらしていた。大聖堂は大きなクリスマスツリーとマーケットの明かりで一層綺麗だった。 街の中心街でぼくらは別れた。雪の積もった街路路はぼくの家の方角だけわだちがなく、こんもりと雪が積もっている。 「マキシム、ここでお別れだな。素晴らしい一日だったぜ。街を案内するのも楽しかったけど、マキシムについて知れたのが一番の収穫だったよ。お前の家の方角はあまり人が歩いてないようだから、帰るの大変だろうが、気をつけろよ。穴に落ちたり、滑ってレール頭をぶつけないようなな! また今度会おう。じゃあな!」 マックスと別れたあと、ぼくは新しく道を開拓するような気持ちだ家路についた。雪は深く、足を掴んでくるので、一歩一歩がなんと疲れることか! それでも歩き続けた。二十分ほど歩いて家の門まで辿り着いた。門の細いヘリにも雪が降り積もり、開ける時に冷んやりと冷たかった。やっとの思いで玄関を開けて、靴を脱いだ。ワークブーツは雪によってずぶ濡れになり、赤い色が濃くなっていた。雪の中を歩いてヘトヘトになったぼくはすぐさまソファに横になる。ホットワインとエールの酔い、そして心地のいい疲れにより、ぼくはたちまち温かい空間にのまれる。そして、ゆっくりと確実に沈んでいく。なんて素晴らしい一日だったのだろう。一日の体験を回想しているうちにぼくの記憶はプツンと切れてしまった。 次起きる時ぼくはどこに居るのだろう。そして、何をするのだろう。それを心配するのは今日のぼくではない。明日のぼくなのだ。心配はいらない。ただ白の街路路を目指して気の向くままに足を運べば良いんだ。
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