クリスマスマーケット

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クリスマスマーケット

 マックスと大通りを歩いて5分ほどたち、道を左に曲がると、教会が姿を現した。教会はレンガ造りで創設からかなりの年数が経っているように見える。かつて色のあった外壁は厳しい雨や風を耐え忍んだことによってあせており、今では色が茶色、薄緑、そして象牙色の3色しか残っていない。昔は緑や青色も壁面を染めていたのだろう。しかし、その色合いとは対照的に教会の窓のステンドグラスが冬の弱々しい光に照らされて七色に光り輝く。赤、青、緑、黄色、紫などの色が中世の晩餐会の景色を美しくかたどっていた。教会の屋根は空高くに伸び、全体が厳かさと優美さを同時に映し出していた。  「なんて美しい教会なんだ」ぼくは足を止め、感動のあまり声を意図せず発していた。  「ああ、綺麗だろ。あれは街のシンボルの教会なんだ。ここからは見えないけど、クリスマスマーケットはあの教会の下でやっているんだぜ」  「そりゃ最高だね! でも、どうしてマーケットをやっているの?」  「さぁ、そりゃ俺にもわからないな。何を祝っているのか、何に対して祝っているのか考えたこともなかったよ。訳もなくこの季節になるとやるのさ。実際の話、楽しければ何でもいいだろ?」とマックスは目を丸くして答えた。  「そうだけど、宗教が関係しているって聞いたことがあるけどな。わからないならそれまでだね」  「宗教? 何だいそれは? マキシムはインテリだな。マーケットに行ったことないのに俺よりマーケットを知っているじゃないか」とマックスは目を細めて楽しそうに笑った。  そんな調子で僕らは教会に向けて歩いて行った。教会に近づくにつれて街は栄えていき、飾り付けもさらに細部が凝り綺麗になっていった。窓の枠が電飾で彩られたり、窓にはサンタの小さな靴やツリーの彩られた色付きの丸いボールが吊るされている。街は入り組んでいて、道は狭いが家の壁と反対の壁に向かって街を彩る電飾がかけられており、それは天使の形をしたりダイヤモンドの形をしている。屋根に積もっているふんわりとした白い雪と色とりどりの飾り付けが街を盛り上げている。白い雪はキャンバスのように背景になり街の息を呑む美しさを静かに引き立てていた。  街の美しさにとらわれながら歩いていると、いつの間にか教会の近くに差し掛かっていた。教会の入り口あたりにログハウスが立ち並んでいて、ログハウスのひさしは赤と白で彩られている。店の一つ一つがオレンジ色の暖かな光を発し、店主はニコニコしながらお客さんと話している。雪はライトに反射して星のようにきらめき、マーケット全体を覆っている。統一感が取れた夢のような景色にぼくはしばらく立ち尽くした。まるで絵本の世界に入り込んだようだ。光や色がこんな綺麗に感じられたことは初めてだった。 「ほら! あれがクリスマスマーケットだ。最初に来たらやることは知ってるかい?」口角を上げてニコニコしながらマックスが質問してきた。 「わからないよ。初めて来るんだ。最初は何をやるんだい?」 「へへ、そうだったね。まずはホットワインを飲んで体を温めるんだ。なんてたってこの雪の中じゃ寒いからね。ホットワインを片手にマーケットを練り歩く楽しさは格別だぜ」年端のいかない子供が友達に自慢をするようにマックスは話してくれた。 店主にお金を払いコップ一杯のホットワインをそれぞれ頼んだ。大きな厚底の鍋から湯気が立ち上り、その中から真紅の赤い液体をすくいあげる。それを紙のコップに注いでもらった。紙コップは皮膚がヒリヒリするくらい熱いが、寒さの中だとその熱がとても心地よかった。コップから溢れるワインの香りは鼻をつくような強いアルコールの匂いがした。すぐに一口飲んでみる。口の中に活気が戻り、飲み込む際に食道が毛布に包まれるかのように温まっていった。数口飲むとアルコールが体全体を鼓舞し、寒さは一切感じない。心地の良い刺激によって気分は一層良くなり、マーケットの美しさもボリュームをひねったようにより鮮明に、美しく見えた。 「クリスマスマーケット、良いもんだろ?」 「すごいよ!こんな綺麗だなんて思いもしなかった。マーケットの活気が教会だけじゃなく、街全体を盛り上げてるんだね! 電光のオレンジ色が大聖堂を照らしているのは美しいよ」 「この教会もどういう目的で建てられたかはわからないし、もう使われていないんだぜ。記念品として残しておくために週に一回清掃してるんだ。そもそもこのマーケットも慣習で年に一回やってるものなんだぜ。面白いよな」 マックスの言葉が、ぼくにはすごく不思議に感じた。赤と白のファーがついた三角形の帽子にも意味はなく、ただ寒いから被るのだ。 「二五日の朝にはプレゼントが配られるっていう不思議なこともあるんだぜ。年の最後ってまったく素敵な季節だよ。きっと、一年の頑張りを誰かが見てくれているんだな」ホットワインを美味そうに飲みながらマックスが言った。 ホットチョコレート、マシュマロ、チュロス、プレッツェル、木彫りのクリスマスツリーや花の形をしたキャンドルなど、マーケットにはさまざまな物が売られている。店員はみんな笑顔で話しかけてくれ、お客さんを友達のように扱う。チュロスやチョコレートの甘い匂いが全体を包む。店を一つずつまわりマーケットを心から楽しんだ。どんなものにも大げさに楽しむぼくをマックスは満足そうに笑いながら案内してくれた。周りながらぼくはマックスに仕事のことや私生活を話した。特段面白いことは言ってないが、マックスは熱心に耳を傾けてくれ心の底からぼくの話を楽しんでくれる。ぼくもその反応に悪い気はせず、どんどん日常のことを話していった。 いくらホットワインを飲んでいても体は冷えてくる。ワインを飲み干し冷えを感じるたびにホットワインを嗜んだ。毎回マックスはぼくにホットワインを買ってくれる。もちろん、お金を出そうとしたのだが、止められてしまい、払えずじまいだった。ホットワインを買う際にマックスは店主にぼくの紹介をしてくれた。どんなことをやっていて、どこに住んでいるかなどを要領良く話してくれる。そのためか、ワインを買った後も店主と話しが終わらないことも多々あった。そして、マーケットの商品をいくつも見たが、とても気になった事がひとつあった。それはどの商品にも値段がないのだ。思い返してみればマックスはワインを買うときにお金を一切払ってなかった。ぼくはそれがクリスマスの習わしなんだと考えて納得をした。素晴らしい季節だ。 マーケットを周り終わるとマックスもぼくも歩き疲れていた。大聖堂の周りは予想よりも大きく、マーケットは入り組んでいた。
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