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普段ならば俺が関心が無いことが分かると向こうから離れていったり、勝手に疎遠になることが多かった。
それがどうだ。
「きょう…授業…帰り、いっ、しょ…」
「好きにすれば」
ドアを開け部屋を出ようとしたところで、後ろから眠そうな声が掛けられる。寝起きのせいかいつもより特段低いそれは少しだけ聞き取り辛かったが、確かに俺の鼓膜まで届いた。
しかしこいつときたら…また寝やがった。もう知らん。もう起こしてやらねぇ。
のっそりとベッドから身を起こしたと思うとぼそぼそと言いたい事だけ呟いてまた枕に顔を埋めたこの男は、漆黒の髪を白いシーツにバラけさせてまた寝息を立て始めた。
この幼馴染みは俺がいくら突き放そうとしても全く動じず遠ざからず、それどころか年々これでもかと強力な業務用接着剤の如く粘度を増して離れない。
幼稚園…いや、幼稚園に入る前から両親同士が仲の良かったこいつとは家族ぐるみの付き合いで、俺は腐れ縁だと思ってもう半ば諦めている。
小中高と当たり前のように同じ学校に通い、クラスは違えどほぼ毎日登下校を共にし、やっと離れられると思った大学でさえも同じところに合格する始末。
挙げ句の果てには互いの両親に勝手に部屋を決められ、大学進学と共にルームシェアをするまでになってしまった。
俺は最早こいつのことは空気だと思うことにした。そう、こいつは空気。しかも酸素でも二酸化炭素でもなく、空気中でも大半を占める窒素あたりの空気だ。
たまにのし掛かってきたり服に手を突っ込んできたり、一緒に風呂に入ってこようとしてきたりいつの間にか布団に潜り込んできたりするが、空気なので仕方がない。空気なのだから、何処に居たって何も不自然ではないのだ。
因みに先程の会話は、「今日は二人とも授業の終わる時間が同じだから一緒に帰ろう」というものだった。
拒否したところでどうせ帰る家は同じ、それに俺が頼んでいなくても勝手にこいつの方から教室まで迎えに来ることだろう。
そんな事まで解る程度には、俺もこいつの扱いに慣れてしまったということだろうか。
くそが、ただの空気なのに。
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