1章

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1章

ルーザーを(うしな)った悲しみを(かか)え、仲間が待つストリング帝国へと戻る2人――。 アン·テネシーグレッチとクリア·ベルサウンド。 その2人の(そば)には、クリアの愛犬である小雪(リトル·スノー)小鉄(リトル·スティール)の姿が見える。 「アン……大丈夫ですか?」 前を歩くアンに、クリアが声をかけた。 2人はバッカス将軍(ひき)いる1万の軍勢と戦った後だ。 クリアは、もちろんアンの体の心配もしていたが、何よりも精神的なダメージのほうが深刻(しんこく)ではないかと思っていた。 「ああ、大丈夫だ。クリアのほうこそ問題ないか?」 アンは振り返って、クリアの顔を見て微笑(ほほえ)んだ。 無理をして笑っているようには見えない。 クリアはそう思った。 アンは、何かが()っ切れたのか? クリアの知る彼女はいつも無愛想で表情に(とぼ)しい人物だったが、すぐに感情的になる女であった。 特に他人が(きず)つくと激昂(げきこう)するタイプだった。 しかし、今の彼女はどうだ? ルーザーが自分のために(いのち)を捨てて自爆(じばく)したというのに、非常に落ち着いた表情をしている。 ……いらぬお節介(せっかい)……少々気を回し()ぎましたかね。 クリアはそう思うと、クスッと笑った。 それを見たアンは、不思議そうに彼女を見ている。 「どうしたんだクリア? 突然笑って?」 「いえ、こんなときに不謹慎(ふきんしん)でしたね。それよりも急ぎましょう、アン。あなたの仲間が待っているところへ」 「クリアの仲間でもあるぞ。城に着いたら紹介する。皆、(くせ)はあるが良い連中だ」 「やれやれ、あなたがそれを言いますか」 「その言い方だと、まるで私にも癖があるみたいじゃないか」 苦虫(にがむし)()(つぶ)したような顔をしたアンを見て、クリアは何も答えずに笑った。 そんな彼女を見て、アンもつい笑ってしまう。 2人が(たが)いの顔を合わせて笑っていると、突然地面が()れ始めた。 その(ふる)えは段々(だんだん)(はげ)しくなり、やがて2人がいる周囲(しゅうい)の大地に地割(じわ)れを()こしていく。 「一体なんだ!? もしかしてストリング帝国の増援(ぞうえん)か!?」 アンは新手の(てき)(あらわ)れたと思ったが、周囲にそのようなものは見当たらなかった。 だが、目の前を見てみると――。 「城が……()かんでいる……?」 帝国の中心にあるストリング城が、ゆっくりと空へと浮上(ふじょう)していく姿が目に入った。 「アン!?」 クリアに呼び()けられアンは気がついた。 ストリング城だけではなく、自分の体まで浮かんでいっていることに。 「これは!? 私も浮いていく!?」 「くっ!? どこからか敵が何かしらの力を使っているようですね」 クリアはそう言うと同時に、彼女の(そば)にいた2匹の犬――小雪(リトル·スノー)小鉄(リトル·スティール)の体が(かたな)へと変化した。 小雪(リトル·スノー)小鉄(リトル·スティール)は、2本の刀となってクリアの手へと(にぎ)られる。 刀を(かま)えたクリアは周囲を警戒(けいかい)したが、やはり先ほどと同じく敵の姿はない。 「どこかに(かく)れているのか……ならばッ!」 クリアは2本の刀を構え直し、抜刀(ばっとう)。 2本の刀から飛ぶ斬撃が(いきおい)いよく(はな)たれた。 クリアは、人が隠れられそうなものに向かって、手当たり次第斬撃を放っていく。 だか、その努力も(むな)しく、アンの体はストリング城と同じように浮いていくだけだった。 「く、くそ。こ、これはどうしたら……」 アンが(うめ)くよう(つぶや)くと、突然(すご)い速度で(ちゅう)に浮かぶ自分の体が動き始めた。 「なッ!? アン、アンッ!?」 「クリア! クリアァァァァッ!!」 アンの体は、本人の意思(いし)など構わずに、空に浮かぶストリング城へと飛んでいってしまった。 ……アン。 安心してくれ、俺だよ……。 一体自分に何が()こっているのかわからないアンだったが、城へと向かっている途中(とちゅう)で頭の中に声が聞こえると、何故だか落ち着くことができた。 「この声は……もしかして……?」 聞き(おぼ)えのある声。 この声の人物を、アンは(おさな)いときから知っている。 気がつくとアンは、ストリング城に着いていた。 見渡すと見覚えのあるストリング城の大広間。 そこには彼女の仲間たち――。 マナ·ダルオレンジとキャス·デューバーグ、そしてシックスとクロム·グラッドストーンの姿があった。 「みんな、どうしてここに……?」 アンの呼び()けにマナが答えた。 どうやら4人ともアンと同じように、ここへ連れてこられたようだ。 その場にいた誰1人とも、状況(じょうきょう)把握(はあく)はできていなかったが、何故だか全員アンと同じように不思議と落ち着いていた。 「これで全員(そろ)ったかな?」 アンたちは、声がするほうへと顔を向ける。 そして、そこにいた人物を見て、アンは無意識に大声を出してしまう。 「グレイ!?」 そう――。 そこには、アンの(そだ)ての親である人物――。 シープ·グレイの姿があった。
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