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19章
コンピュータークロエの暴走により、合成種と呼ばれるた異形の化け物が現れ、文明社会が崩壊した。
その後――。
英雄と呼ばれることとなるルーザ―がクロエを止めることに成功したが、世界は膨大な数のキメラと荒廃した大地に覆いつくされる。
僅かに生き残った人間たちは、いつ襲ってくるかわからない化け物に怯えるだけの生活を強いられた。
そんな中、人々は国を作った。
その中で、唯一高度な科学力を誇るストリング帝国。
主であるストリング皇帝は、合成種に制圧された他の地域を解放するために軍隊を作った。
だが、それは自国の人間にマシーナリーウイルスを感染させ、機械兵――オートマタへと変えるというやり方であった。
このことを知っているのは国内でもウイルスの影響を受けなかった者か、軍の上層部のみだ。
もし国民がこのことを知ったらどうなるのか?
人間を機械へ変えるなど、ストリング皇帝はそんな酷いことしていたのか?
たとえそれが世界のためであっても、そんなことは人間のすることでじゃない――と、叫ぶ者が大勢現れるだろう。
だからこそ、ストリング皇帝はマシーナリーウイルスによる実験を秘密裏に続けた。
皇帝自身も、自分のやっていることは非人道的行為だと、当然理解している。
だが、彼には理想があった。
それは、世界中の人間が合成種の脅威に恐れることなく、暮らしていける生活を――。
食事にも金銭にも、そして人間同士が争うことのない世の中を――。
実際にストリング帝国で、飢えや住人同士の諍いが問題になったことはない。
人々は労働も家事もすべて機械にさせ、誰もが安心した生活を送っていた。
強いて言うのならば、子を産むのが国民の仕事だ。
子を産めない者は国のために軍へと入隊し、その身を機械へと変えられた。
その表――住民たちには、労働によるストレスもない。
隣人への妬み、憎悪もない。
貧困も病気もない。
この荒廃した世界では考えられないほど、安らぎに満ちた楽園。
誰もが笑顔で生きていける――まさにストリング皇帝の言う理想郷であった。
ストリング皇帝は半壊した天井を見上げながら――青く透き通った大空へ顔を向け、クリアとラスグリーンに、自身の考えを伝えた。
「ですが、帝国は……」
クリアが震えた声を出した。
「その理想郷と共に反帝国組織も……バイオナンバーも同時に作ってしまった……。それについてはどう説明するんですか?」
その声は先ほどとは違い、力なく聞こえる頼りないものだった。
ストリング皇帝は、クリアのほうへゆっくりと視線を向ける。
その目はもう敵を見る目ではなかった。
彼女を言葉で納得させようとしている穏やか眼差しだった。
「“出る杭は打たれる”という言葉があるだろう? さし出たことをする者は、人から非難されるという意味だ。君ならわかるんじゃないかね? 緑炎の悪魔君?」
次にラスグリーンへ、その穏やかな眼差しを向けたストリング皇帝。
だが、ラスグリーンは何も言葉を返さなかった。
クリアは考えていた。
皇帝は、たしかに世界を合成種の脅威から救おうとしている。
事実、クリアの住んでいた歯車の街――ホイールウェイは、ストリング帝国によって統治されていたが、帝国が来てからのほうが街は裕福になり、犯罪も激減し、何よりも街の人間が合成種に襲われることはなくなった。
人を機械へと変え、それを使役することは問題だ。
だが、その犠牲なくしては世界を住みやすいものに変えることはできない――。
クリアは、ストリング皇帝の言葉が、ただこちらを丸め込もうとしている虚偽の言葉ではないと思い始めていた。
そのとき、ラスグリーンの表情が急に曇った。
「来たね、黒幕……」
彼がそう呟くと、3人がいる廊下の奥から、コツンコツンとブーツで歩く音が聞こえてくる。
3人が音のするほうを向くと、ハットを被った男が歩いて来るのが見える。
「やれやれ、レコーディ―·ストリング。それは理想郷ようで、どこか暗黒郷のようでもあるよね」
そこには、手にパンコア·ジャックハンマーを持ったロングコートを着た男――。
シープ·グレイが、大きな目をギョロギョロと動かしていた。
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