19章

1/1
前へ
/40ページ
次へ

19章

コンピュータークロエの暴走(ぼうそう)により、合成種(キメラ)と呼ばれるた異形(いぎょう)の化け物が(あらわ)れ、文明社会が崩壊(ほうかい)した。 その(のち)――。 英雄(えいゆう)と呼ばれることとなるルーザ―がクロエを止めることに成功したが、世界は膨大(ぼうだい)な数のキメラと荒廃(こうはい)した大地に(おお)いつくされる。 (わず)かに生き(のこ)った人間たちは、いつ(おそ)ってくるかわからない化け物に(おび)えるだけの生活を()いられた。 そんな中、人々は国を作った。 その中で、唯一(ゆいいつ)高度な科学力を(ほこ)るストリング帝国。 (あるじ)であるストリング皇帝は、合成種(キメラ)制圧(せいあつ)された他の地域(ちいき)解放(かいほう)するために軍隊を作った。 だが、それは自国の人間にマシーナリーウイルスを感染(かんせん)させ、機械兵――オートマタへと変えるというやり方であった。 このことを知っているのは国内でもウイルスの影響(えいきょう)を受けなかった者か、軍の上層部(じょうそうぶ)のみだ。 もし国民がこのことを知ったらどうなるのか? 人間を機械へ変えるなど、ストリング皇帝はそんな(ひど)いことしていたのか? たとえそれが世界のためであっても、そんなことは人間のすることでじゃない――と、(さけ)ぶ者が大勢現れるだろう。 だからこそ、ストリング皇帝はマシーナリーウイルスによる実験(じっけん)秘密裏(ひみつり)に続けた。 皇帝自身(じしん)も、自分のやっていることは非人道的行為(ひじんどうてきこうい)だと、当然理解(りかい)している。 だが、彼には理想(りそう)があった。 それは、世界中の人間が合成種(キメラ)脅威(きょうい)(おそ)れることなく、()らしていける生活を――。 食事(しょくじ)にも金銭(きんせん)にも、そして人間同士が(あら)うことのない世の中を――。 実際(じっさい)にストリング帝国で、()えや住人同士の(いさか)いが問題になったことはない。 人々は労働(ろうどう)家事(かじ)もすべて機械にさせ、誰もが安心した生活を(おく)っていた。 ()いて言うのならば、子を産むのが国民の仕事だ。 子を()めない者は国のために軍へと入隊(にゅうたい)し、その身を機械へと変えられた。 その表――住民たちには、労働によるストレスもない。 隣人(りんじん)への(ねた)み、憎悪(ぞうも)もない。 貧困(ひんこん)病気(びょうき)もない。 この荒廃した世界では考えられないほど、(やす)らぎに()ちた楽園(らくえん)。 誰もが笑顔で生きていける――まさにストリング皇帝の言う理想郷(ユートピア)であった。 ストリング皇帝は半壊(はんかい)した天井(てんじょう)見上(みあ)げながら――青く()き通った大空へ顔を向け、クリアとラスグリーンに、自身の考えを(つた)えた。 「ですが、帝国は……」 クリアが(ふる)えた声を出した。 「その理想郷(ユートピア)と共に反帝国組織(はんていこくそしき)も……バイオナンバーも同時に作ってしまった……。それについてはどう説明(せつめい)するんですか?」 その声は先ほどとは(ちが)い、力なく聞こえる(たよ)りないものだった。 ストリング皇帝は、クリアのほうへゆっくりと視線(しせん)を向ける。 その目はもう(てき)を見る目ではなかった。 彼女を言葉で納得(なっとく)させようとしている(おだ)やか眼差(まなざ)しだった。 「“出る(くい)は打たれる”という言葉があるだろう? さし出たことをする者は、人から非難(ひなん)されるという意味だ。君ならわかるんじゃないかね? 緑炎(りょくえん)悪魔(あくま)君?」 次にラスグリーンへ、その穏やかな眼差しを向けたストリング皇帝。 だが、ラスグリーンは何も言葉を返さなかった。 クリアは考えていた。 皇帝は、たしかに世界を合成種(キメラ)の脅威から(すく)おうとしている。 事実(じじつ)、クリアの住んでいた歯車の街――ホイールウェイは、ストリング帝国によって統治(とうち)されていたが、帝国が来てからのほうが街は裕福(ゆうふく)になり、犯罪(はんざい)激減(げきげん)し、何よりも街の人間が合成種(キメラ)に襲われることはなくなった。 人を機械へと変え、それを使役(しえき)することは問題だ。 だが、その犠牲(ぎせい)なくしては世界を住みやすいものに変えることはできない――。 クリアは、ストリング皇帝の言葉が、ただこちらを丸め込もうとしている虚偽(きょぎ)の言葉ではないと思い始めていた。 そのとき、ラスグリーンの表情が急に(くも)った。 「来たね、黒幕(くろまく)……」 彼がそう(つぶや)くと、3人がいる廊下(ろうか)(おく)から、コツンコツンとブーツで歩く音が聞こえてくる。 3人が音のするほうを向くと、ハットを(かぶ)った男が歩いて来るのが見える。 「やれやれ、レコーディ―·ストリング。それは理想郷(ユートピア)ようで、どこか暗黒郷(デストピア)のようでもあるよね」 そこには、手にパンコア·ジャックハンマーを持ったロングコートを着た男――。 シープ·グレイが、大きな目をギョロギョロと動かしていた。
/40ページ

最初のコメントを投稿しよう!

21人が本棚に入れています
本棚に追加