21人が本棚に入れています
本棚に追加
31章
アンとロミ―を担ぎ、そしてニコを抱えて走っていたルドベキアは、ようやく城から外が見えるところまで辿り着いていた。
見渡す限りの青い空と白い雲――。
今のルドベキアの心境とは違い、そこから見える風景は、とても清々しいものであった。
息を切らし、眉間に皺を寄せるルドベキア。
ここまで逃げて来れたのは、自分1人だけの力ではない。
仲間たちの犠牲があってこそ――マナ、キャス、シックス、それにクリアのおかげだ。
そう考えると、ルドベキアはその場に立ち尽くしてしまっていた。
両目からこぼれ落ちそうになる涙は、己の無力を嘆く悔しさからか、はたまた仲間を思う感傷からか。
それは、ルドベキアがどこまでも続く蒼天を眺めた途端に起きた感情の起伏だった。
そんな彼を慰めるかのように、抱えられているニコが優しく鳴く。
ルドベキアは涙を拭い、ニコへ笑みを向けると再び走り出した。
「もうすぐ……もうすぐで飛行船だ。そうすりゃお前もお前のご主人様も安全なとこへ運んでやれる」
明るい声で言うルドベキア。
ニコは嬉しそうに鳴き返した。
……そうだ。
今は泣いている場合じゃねえ。
マナ、キャス、シックス、クリア――あいつらのためにも……。
そして、何よりも俺が守りてぇもんのために、ここでアン、ロミー、ニコ――こいつらは何があろうと無事に、クロエから逃がすんだ。
決意を新たに、気持ちを切り替えたルドベキアだったが、そんな彼の目の前に、空中を浮遊しながら現れたクロエと、同じく宙に浮かぶ土台に乗ったグラビティシャドーの姿が。
「いい景色ね、ここ」
クロエは、抜けるような青空を見ながら、自身の――いや、クロムの銀白髪を弄ぶ。
クロムの姿をしたクロエを見て、改めて苛立ったルドベキアであったが、自分程度の力では、けして敵わないことは理解していた。
それに愛用の武器――斧槍ハルバードも、アンたちを担いで走るために捨ててきてしまっている。
ルドベキアはアンたちとは違い、ただの人間だ。
アンやロミーは、マシーナリーウイルスの適合者。
マナ、キャス、シックスは、自然を操る能力を持つ自我のある合成種。
そして、クリアは2匹の精霊の加護を受けた者。
仲間たちとは違い、彼は何の特別な力も持ってはいない。
だが、それでも――。
たとえ武器が無くとも――。
ルドベキアは真っ直ぐにクロエを睨みつけている。
そんな彼の姿を見たグラビティシャドーは、小首を傾げ、実に不可解そうにしていた。
この人間は、何故ママを目の前にして恐怖しないのだろう?
どんなちっぽけな生物だって、力の差を知れば従順になるというのに。
このルドベキアという男は、相手の力量がわからないほど知能がないというのか?
いや、そんなはずはない。
何故ならば、この男は真っ先にママから逃げる選択をした男だ。
そう――。
だからなんだ……。
だから訳がわからないんだ。
そんなグラビティシャド―へ、クロエが笑みを向ける。
その表情は、母親が愚図っている子供を見ているようだった。
そして、クロエは次にアンとロミーへとその目を向ける。
すると、気を失っていた彼女たちが、突如として苦しみ始めた。
ロンヘアの持っていた能力――テレパスによる精神攻撃だ。
「いつまで眠っているの? さあ、早く起きなさい」
苦痛に叫ぶ2人へ、クロエは朝になってもずっとベッドから出てこない子供へ声をかけるように言った。
「やめやがれッ!!!」
ルドベキアが素手で飛び掛かった。
だか、クロエは全身から炎を放出させ、それを鎖のように変化させると、懐に飛んできたルドベキアの体に巻き付ける。
クロエのアンとロミーへの精神攻撃は止めることができたが、ルドベキアは炎の鎖で拘束されてしまった。
そんなルドベキアの姿を見たクロエは、何か閃いたようで両手の掌をパンッと合わせた。
「そうだわ。面白いこと思い付いちゃった」
クロエの声を聞き、目の前を見るアン。
まだ頭の痛みは引いていなかったが、それどころではないと顔をあげた。
「ル、ルドッ!?」
そこには、炎の鎖に縛られながら、クロエに口づけをされるルドベキアの姿があった。
最初のコメントを投稿しよう!