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32章
ダラリとしているルドベキアの口へ、自分の唇を重ねるクロエ。
その体からは霧状の粉――蝶や蛾などの体や羽を覆っている鱗粉が舞い始めていた。
そして、クロエが離れると、ルドベキアはアンとロミーへ向かって咆哮する。
その目は色を失い、口からは飢えた獣のように涎が垂れていた。
その姿は、まるで彼女たちのことを認識できていないようだった。
ロミーは、そんなルドベキアの姿を見てすぐに理解した。
クロエは、彼女たちが歯車の街ホイールウェイで戦った自我のある合成種――フルムーンの能力を使ったのだと。
「これであなたはもう私の虜。さあ、あなたが守りたいものを壊して見せなさい」
クロエは、ビクビクと身を震わせて妖艶な仕草で笑う。
フルムーンの能力とは、人を操ることができる力だ。
その力は、アンやロミーのようなマシーナリーウイルスの適合者や、彼女と同じ自我のある合成種には効果がない。
だが、ルドベキアはただの人間。
それを思い出したクロエが、面白半分で彼へフルムーンの能力を試したのだった。
アンはゆっくり立ち上がると、ルドベキアへと体を向ける。
「おいルド、しっかりするんだ!」
「バカッ!? ルドから離れろ!!!」
ルドベキアへと歩き出したアンへ、ロミーは大声で止めたが――。
「ぐおぉぉぉッ!!!」
再び叫び声をあげたルドベキアが、アンへと襲い掛かってくる。
そこでようやくアンは、ルドベキアが操られていることを理解した。
いや、先ほどのクロエから放出されていた鱗粉を見ればわかることだったと、表情を歪ませる。
「始まったわね。ねえ、テネシーグレッチ姉妹。そのままでいいから聞きなさい」
クロエは両腕を組むと、アンとロミーへ話を始めた。
2人が気を失っている間に、ルドベキアは逃げる選択をした。
そして、アンたちを逃がすために、マナ、キャス、シックスの3人はその逃亡する時間を稼ごうと、クロエに立ち塞がったのだと。
「本当に素敵よね。う~ん、我が子たちながら惚れ惚れしちゃう」
「みんなをどうした!? 答えろクロエ!!!」
我を忘れて殴り掛かってくるルドベキアの攻撃を避けながらアンは、クロエへに向かって怒鳴りあげた。
クロエはそんな彼女を見て微笑むと、周囲に風を巻き起こし、右手と左手を横に広げて見せる。
その両手――。
右手を炎が覆い始め、左手からは水が溢れ出していた。
「あの子たちはもう私の中よ」
それを聞いたアンは、怒りで気が狂いそうになった。
今すぐにでもクロエの顔面へ、拳を叩き込みたい気分だった。
だか、目の前にいるルドベキアがそれをさせてはくれない。
「くッ!? ルド、お願いだ!! 正気に戻ってくれ!!!」
アンが何度も声をかけるが、ルドベキアは休まずに殴り掛かってくる。
そこへロミーとニコも飛び込んできた。
「お前は鱗粉ぐらいで操られるのか!? あたしの知っているルドは、1度自分で決めたら人の言うことなんか聞かない男だぞ!!! そんなお前があんな奴に言いように使われるなよ!!!」
ロミーは、ルドベキアの体を押さえ付ける。
ニコも激しく鳴きながら、彼を止めようとその足に必死に食らいついていた。
「無駄だよ無駄。ただの人間がママの魅了から逃れられるはずがない」
ルドベキアを正気に戻そうと奮闘するアンたちの姿が、酷く滑稽に見えたのだろう。
グラビティシャドーは鼻で笑いながら、ボソボソと呟いた。
だが、クロエは違った。
彼女はルドベキアへ必死に語りかけるアンたちの姿に、心を打たれているようだった。
「ああ、なんて素敵なの……あれこそ慈しみ……愛、愛なのね」
クロエは、両手で自分の体を抱きしめながら、嬉しそうに身を捩っていた。
……なんとかできないのか。
アンが内心でそう思っていると、どこからか声が聞こえてくる。
「アン……ルドベキアの心に直接語りかけるんだ」
……今の声は誰だ?
その声は、ロミーにも聞こえていた。
アンは、疑うことなくその声を受け入れた。
それは、その声にどこか懐かしさを感じたからだった。
ロンヘアと繋がったとき――。
ルーザーが暴走した自分を救ってくれたように――。
アンは、声の主に従って、自分の意識をルドベキアへと向ける。
……ルド……わかるだろう?
私だ、アンだよ……。
暴れるルドベキアの体を抱きしめたアンは、心の中で囁いた。
すると、2人の体から波動のようなものが見え始める。
「アン……か?」
「そうだよ、ルド。私だ、アン・テネシーグレッチだ」
「目が覚めたんだな。よかった……」
「ああ、ルドとみんなのおかげでまたこうして話ができる。さあ、お前も目を覚ましてくれ」
2人から波動が消えると、ルドベキアの目に再び色が戻った。
その鋭い眼光は、操られる前の彼が持っていた――意志の強さを感じさせるものだった。
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