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33章
正気を取り戻したルドベキア。
アンは安堵の表情のまま、彼の体をまだ抱きしめていた。
ルドベキアもまた彼女と同じように動かず、ただ笑みを浮かべている。
「おい。2人ともお熱いところを悪いが、目の前に敵がいる状況ではマズいだろ」
すでに、ルドベキアの体から離れていたロミーがボソッと言うと、2人は大慌てし始めた。
それぞれ顔を真っ赤にして即座に距離を空ける。
「いやッ!? これは違うんだッ!?」
「そ、そうだ!! 別にそういんじゃねぇよッ!!!」
アンとルドベキアは、互いに顔を背けると、ロミーとニコに向かって抱き合っていた誤解を解こうとする。
じ~と疑いの目で2人を見ているロミーの横で、ニコがからかう様に鳴いた。
言い訳にしか聞こえないと、言ってるようだ。
「素敵……とっても素敵だわ。私……感動しちゃった」
両腕で自分の体を抱きしめているクロエが、アンたちへ向かって先ほどの2人のやりとりと賛美した。
その傍で、グラビティシャド―のほうは退屈そうな顔で舌打ちをしていた。
クロエの表情は、2人を見て感動をしたせいか、涙ぐんでおり、けして嘘は言ってはいないように見える。
だが、アンたちはそんな彼女の姿を見て嫌悪感を抱いていた。
何を言っているんだ、こいつは?
そもそもお前が仕向けたことだろう、と――。
彼女のことを睨みつけ続けるアンたちへ、クロエはゆっくりと声をかける。
「でも、残念ねぇ。アンとロミー、あなたたちの体はもう使えない。誰かわからないけど、さっきの黒い羊とそこの白い羊に何か細工されているみたいなの。だからここで……終·わ·り」
クロムの体を乗っ取ったクロエ。
ロミーは、クロム――彼の銀白髪を弄ぶクロエを見て、義眼の片目が激しく点滅しっ放しになっていた。
それに加え、溢れる怒りで体の震えも止まらなく。
それはアンも同じだった。
先ほどクロエが見せた、炎、水、風――。
マナ、キャス、シックスを奪ったクロエを消し炭にしてやらねば気が済まない。
だが、2人がすぐに飛び掛かれなかったのは、クロエの圧倒的な力を感じてのことだった。
……何故だ?
今すぐにでも殺してやりたいのに、体がクロエに攻撃するのを止めようとして動かない!?
――ロミー。
……わかってる。
クロエには敵わないことくらいわかっている……だけど……動いてくれ!!
――アン。
全身へ回ったマシーナリーウイルスが、2人の体を通して、戦うことを躊躇させていた。
頭では戦いたいのに、体はそれを拒否する。
クロエは、そのことに気がついているようで、クスクスと笑い始めた。
「体は正直よね。大丈夫、そんなに怖がらなくてもいいのよ。痛いのは最初だけ……最初だけなんだから」
そう言い、アンたちへ右手を向けた。
翳された掌から、光が放たれる。
高速――いや文字通り光の速さで飛ばされたオーラは、アンとロミーそれぞれの足を貫いた。
「ぐわぁぁぁッ!!!」
アンとロミーの足に開けられた穴から、ダラダラと血が垂れる。
悲鳴をあげる2人に向かってクロエは、今度は両手を翳した。
「これで2人とも逃げられないでしょ? じゃあ、終幕を始めましょう」
そう言ったクロエの両方の掌から、先ほどと同じように光が放出された。
そのオーラは地面へと向けられ、次第に壁となり、アンたちを囲むようゆっくりと動き始める。
まるで光の檻――。
アンとロミーは足をやられて、その向かってくる壁を飛び越えることはできない。
「さあ、そこの彼、たしかルドベキアだったかしら? あなたは逃げられるわ。ねえ、これからどうする?」
ルドベキアは後ろを見た。
そこには青空が広がっており、ここから逃げだせないかと考えてみたが、おそらく飛び降りたら間違いなく死ぬであろうと、唾をゴクリと飲み込む。
……ちくしょう、どうするッ!?
どうすりゃこいつらを守れるッ!?
必死になって頭を働かせたが、ルドベキアに打開策は思いつかなかった。
「もうダメだ……せめてお前だけでも……」
力なく呟くように言うアン。
彼女の言葉を聞いたルドベキアは、表情を歪ませると、突然走り出した。
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