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35章
アンへ自分の気持ちを伝えたルドベキアは、クロエの放った光の壁によって消え去った。
その様子をずっと見ていたクロエは、彼の行動に深く感動し、両目から流れる涙を拭っている。
「愛……愛なのね」
鼻声ですすり泣いて呟くクロエ。
そんな彼女とは違い、グラビティシャド―は、口を大きく開け、両目を見開いた。
自らの能力――重力を操る力で浮かせた土台から腰を上げ、もう消滅してしまったルドベキアがいたところを見ている。
彼――グラビティシャド―は信じられなかった。
ルドベキアは、仲間を助けにこのストリング城へと現れ、勝てないと思い逃げ出した。
それは理解できる。
当然だ。
この世界でママ――クロエに勝てる存在などいないのだから。
だが、ルドベキアは――。
たとえ敵に背を向けて無様に逃げ出そうと――。
自分の死を目の前で突き付けられても――。
最後の最後まで恐怖に打ちひしがれることがなかった。
どんなに絶望的な状況でも、けして心が折れることがなかった。
ただ、あのマシーナリーウイルスに感染した女――アン·テネシーグレッチを守ろうと、そのことだけに集中してみせた。
マシーナリーウイルスによる、強化された身体もない。
合成種のような特別な力も持たない。
精霊の加護も、高度な科学力でその身を固めてもいないただの人間が――。
ただの一度も相手に屈することがなかった。
「こ、これがママがよく言っている愛ってやつなのか……?」
その事実が、グラビティシャド―に衝撃を与えていた。
グラビティシャド―は、ハッと我に返ると、残されたアンたちの姿を見た。
小さい子羊――ニコが必死になって、アンとロミーを引っ張っている。
それを見る限り、ロミーのほうには、まだ諦めていない様子だ。
彼女はニコに手を引かれ、貫かれて穴が開いた足の痛みを堪え、なんとか這いつくばりながらも動いている。
だが、アンは違った。
彼女はもう動く気すらもない。
ただルドベキアがいたであろう場所を見つめながら、ニコに体を引っ張られていた。
「おい、お前!! しっかりしろ!!!」
ロミーが声をかけ、ニコも何度も鳴いて呼び掛けるが、アンは返事をせずにずっと放心状態だった。
前からは光の壁がゆっくりと迫ってくる。
僅かな隙間さえもない完全に囲われた状況だ。
……一か八かここから飛ぶしかないか。
ロミーは体を引きずりながら、クロエたちがいないほう――城壁の外へと飛ぼうとしていた。
だが、ジェットパックもなく、シックスのように空を飛べるわけではない。
この空中に浮かんでいるストリング城から飛べば、後は地面に真っ逆さまに落ちるだけだ。
「このままじっとして殺されるよりマシだ……そうだよな、ニコ」
ロミーの言葉に、ニコは首を縦に振って返す。
ニコも一緒に落ちるつもりだ。
「今はそれが優先、最優先だ。その後はクロエを……ルーを殺し、クロムの体を奪った報いを必ず受けさせてやる。それがルドベキアやあたしたちを庇ってくれた連中のためにもなるんだ」
気がつけばロミーも涙を流していた。
それは無理もないことであった。
幼い頃――両親をから合成種に殺され、預けられた先の親代わりだった人も合成種殺されたため、合成種を根絶やしにすることだけが生きがいだった少女。
そんな復讐の鬼と化した彼女に、人間らしさが残っていた理由は、ルーとクロム、そして、ルドベキアがいたからだ。
ルーとは、ロミーがストリング帝国に来るまで、どんなときでもずっと一緒だった。
クロムは、ロミーのことを気遣い、いつも心配してくれた。
不器用ではあったが、ルドベキアは自分の母親が育てたロミーのことを、本当の妹のように接してくれていた。
ロミー本人はそのことを考えてもいないが、その両目から溢れ出る涙が、彼らとの日々を物語っている。
「こんなところで死んでたまるかッ!!!」
ロミーは自分を奮い立たせようと叫ぶが、彼女が地を這って動くより――ニコが引いて移動する速度よりも、迫りくる光の壁のほうがスピードが上だった。
さすがにもう無理かと思われたそのとき――。
ロミーたちがいる光の壁の中へ入って来る人影が見えた。
「お、お前は……?」
ロミーが呟くように言うと、その人物は手に握ったピックアップブレード――真っ赤な光の刃を地面へと突き立てた。
すると、ロミーたちがいた床部分が裂かれ、彼女たちはそのままストリング城の外――上空へと下降していく。
空へと投げ出されたロミーは、アンとニコの体を掴むと、その人物の背中を見続けていた。
「まさか……あいつがあたしたちを助けるなんて……」
その人物はロミーたちが落ちていくのを確認すると、光の壁を飛び越えてクロエとグラビティシャド―の前に立った。
「あら? あなたはたしかストリング帝国の――」
ロミーたちを救った人物――。
その正体は――。
「ノピア·ラシックだったかしら?」
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