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37章
上空へと落ちていたロミーたちは、ルドベキアとクリアが乗ってきた高速飛行船――ホワイトファルコン号によって回収されていた。
それは、グレイの作り出した灰色の空間によって飛ばされたラスグリーンとクリアが、アンたちが脱出する気配を感じ取り、ストリング城からすでに飛び立っていたからできたことだった。
「先生……あなたがどうしてここにいるんですか?」
全長約8.8m、最高時速150km/h、最大定員10名の小型の飛行船の舵を取るラスグリーン。
ロミーは彼に訊ねた。
ラスグリーンは、ロミーとクロム、そしてルーがまだガーベラドームがある雪の大陸にいた頃に、合成種との戦い方を教えたことがある仲だった。
久しぶり会えた師である彼に、ロミーはただ漠然とそう訊いた。
「ある男を追ってきたんだよ。それよりも君たちを拾えてよかった」
微笑みを返すラスグリーンに、ロミーはつい顔を背けてしまう。
狭い船内の端には、両膝を抱えて縮こまっているアンとそれに寄り添うクリアとニコの姿が見える。
そんなアンを見たロミーは、彼女を立たせようと胸倉を掴んだ。
アンは力なく、ただされるがままだった。
ロミーはそんな彼女に苛立ち、思いっきり睨みつける。
「いつまでそうしているつもりだ? 地上に戻って戦闘準備が終わったらもう一度クロエを殺りに行くぞ」
静かだが、威圧的に言うロミー。
だが、そう言われてもアンは何も答えない。
ただ俯いたまま、船内の床を見ている。
その態度が、さらにロミーの怒りを買った。
「悲劇のヒロインにでもなったつもりか!? あたしはクロムを……それにルーも殺されたんだぞッ!!! それを……お前は……自分だけが辛いと思っているか!! ふざけるなッ!!!」
激昂したロミーを、クリアとニコが慌てて止め始めた。
クリアはロミーを引き離し、ニコはアンの体を支える。
「お前の力がいるんだ……。頼むからしっかりしろよ……」
押さえられたロミーが落ち着くと、小さい声でそう呟いた。
クリアはそんな彼女を見ても何も言葉が出ず、ニコは悲しく鳴くことしかできなかった。
それから飛行船内は静寂に包まれ、誰も何も言葉を発しなかった。
クリアは実際にクロエと戦ったわけではないが、ここまで憔悴しきっているアンを見て胸を痛める。
バッカス将軍が率いるストリング帝国兵と機械兵オートマタ総勢1万の軍勢を、たった2人で迎え撃つという絶望的な状況でも、けして心が折れなかったアンが完全に戦意を失っている。
大事な仲間を失ったのもあるのだろう、今のアンにクロエと戦えというのはあまりにも惨い、無慈悲なことだ――そうクリアは思っていた。
「とりあえず一度安全なところへ降りよう。話はそれからだ」
この冷え切った空気の中――。
ラスグリーンは普段とあまり変わらない調子で、皆に声をかけた。
アンはそんな態度に何かを思ったのか、ユラユラと彼のほうへ足を進める。
「お前の妹……マナも……やられた」
舵をとるラスグリーンの背中へ、彼女は震えながら言葉を続ける。
「クロエがクロムの体を乗っ取って……マナの……キャスの……シックスの……力を使った……。みんなみんな奴に飲み込まれてしまった……。そして、ルドも……」
話を続けるアンの姿は、誰が見ても情緒不安定だった。
だがラスグリーンは、丁寧に相槌を打っては、彼女の話を聞き続けた。
「私は……何も変わってなかった……。あの頃と同じで弱いままだ……。私と関わる人間はみんな死んでいく……。ルーザーに救ってもらったときに……もう二度と泣き言は言わないと決めたのに……私は本当にダメな奴だ……」
アンは言葉を言い尽くすと、その場に膝をついて泣き出した。
そんな彼女の背中を、クリアとニコが優しく擦ると、傍にいたロミーもずっと堪えていたのだろう、アンと同じように涙を流し始めていた。
船内に彼女たちのすすり泣く声が響く中、黙ってアンの話に頷いていたラスグリーンが口を開く。
「ダメなのは俺も一緒だね。だけど……それでもさ。ダメダメだけどさ。俺はクロエを倒すことを諦めない」
「ラス……グリーン……」
「君だって本当はそうだろ、アン?」
背を向けていたラスグリーンが振り返って言った。
訊ねられたアンは、涙を流しながら黙ったままだった。
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