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5章
クロエがそう言うと、大広間の壁から無数の配線のようなものが現れた。
「ミスマッチ……」
中世ヨーロッパの城を思わせる壁から、機械的な配線が現れる様子はなんとも奇妙だと思ったのか、グラビティシャド―がボソッと呟く。
そして、グラビティシャド―に担がれていたロミーの体が、その配線のようなものによって巻き付かれ、アンたちの目の前に掲げられた。
そのロミーの姿は、大昔の宗教の聖典――書かれていたエピソードの1つ、キリストの磔刑を思わせた。
掲げられ、拘束されたロミーの頭に、さらに別の配線が巻き付いていく。
「何をするつもりだッ!?」
グラビティシャド―の重力を操る力によって、床に押さえつけられていたアンが叫んだ。
マナ、キャス、シックスの3人も、苦痛の表情のまま頭を抱えてその様子を見ている。
「アンでもローズでもどちらでも構わないんだけどね。気を失っている彼女のほうが面倒がなさそうだから」
そんな4人の頭の中にクロエに声が聞こえてくる。
それからクロエは、嬉しそうに話を始めた。
以前のクロエにはちゃんと肉体があったのだが、何百年前のルーザーとの戦いによってその体を失った。
その戦いによってこれ以上の合成種の増殖は防がれたが、クロエは自身の精神をコンピューターへと移すことで生き延びていた。
「そのときに彼の脳内へ侵入して、その記憶を削除してやったの。なのにどうしてかしらねぇ。ルーザーは記憶を取り戻しちゃった。でも、理由はなんとなくだけどわかっているわ。……愛、愛なのね」
クロエの話を聞きながらアンは、彼女がこれからすることをようやく理解した。
何故かつてグレイが、アンとロミーを合成種から救ったのかという理由も――。
「もしかして……私かロミーの体にクロエを移すつもりだったのか……?」
アンの言葉を聞いたクロエは、クスッと笑うとそのまま返事をした。
クロエはグレイに、自分の精神データに拒否反応がない体を探させていた。
その拒否反応があるかどうかの判断は、マシーナリーウイルスに適合できるかというものだった。
「そこであなたとロミーが選ばれのよ。まあ、あなたはロミーほどの制御ができていないみたいだどね」
クロエの話によると、マシーナリーウイルスの適正という意味では、アンよりもロミーのほうが勝っていたようだ。
「その後も数名の適合者は出できたけど。結局あなたとロミーを超える肉体は、残念ながら出でこなかったわ」
「……だからストリング帝国を作って、住民たちにマシーナリーウイルスを感染させていたのか……。だが、ロミーの体は機械化してないじゃないか!?」
「彼女の右目を見て気がつかなかったの? あれはあなたの腕と同じでマシーナリーウイルスによるものよ」
アンは、ずっとロミーの右目のことを、戦いによって失ったものだと思っていたが、クロエの話を聞き、それがマシーナリーウイルスの影響であることを理解した。
「そうか……そういう理由だったんだな……」
アンは倒れた状態で俯きながら、独り言のように、ブツブツと呟き始めた。
「私はグレイにとってただの入れ物だったのか……。グレイッ!! お前が私の命を大事と言ってくれたのは、全部クロエのためだったんだなッ!!!」
激しく打ちひしがれてかと思われたアンだったが、突然顔をあげて叫んだ。
「答えろグレイ!! お前にとって私はただの道具だったのかッ!!!」
「君のこと……ロミーのこともそうだ。俺の君らを愛する気持ちは、けして嘘じゃはないよ。ただ、それよりも優先するべきことがあっただけさ」
「騙していたくせに何を言うッ!! 何が愛する気持ちだ……ふざけたことを言うなッ!!!」
無感情に返事をするグレイに、アンは罵倒し続けた。
それは、今の彼女にとって唯一できる反撃かのようだった。
「ねえ……もういいんじゃないの」
そんな2人の様子を見ていたグラビティシャド―が、ため息交じりにボソッと言った。
彼の様子は、酷く呆れていた。
その顔は、まるで素人がやるミュージカルを無理矢理に見させられたようだった。
そして、グラビティシャド―はアンへ伸し掛かっている重力をさらに重くし、その口を黙らせる。
「さて、では始めようかしら……うん?」
意気揚々と言ったクロエの声に、何か疑ったような色が混じる。
そして、グレイやグラビティシャド―も同じように何かを感じ取っているようだった。
「どうやら招かれざる客が、この城に入ってきたみたいね」
――クロエの言う通り。
空へと浮上したストリング城へと、侵入した者たちがいた。
「ここに無愛想女たちがいんのかよ!?」
「間違いありません。私がこの目でしかと見ました。それにリトルたちもあなたの友人たちがここにいると言っています」
飛行船ホワイトファルコン号の舵をとりながら訊ねる男とそれに答える女の姿――。
ルドベキア·ヴェイスとクリア·ベルサウンドだ。
2人の傍には、電気仕掛け子羊――ニコとルー2匹もいた。
ルドベキアたちは、これからストリング城に、飛行船を着陸させようとしているところだった。
「ここまできたらもう信じるしかねえか。よし、じゃあせいぜい足手まといにならなねえようについて来いよ、着物の姉ちゃん!!!」
「それはこっちのセリフです!!!」
2人がそう言い合うと、ニコとルーも大きく鳴いた。
そして、侵入者はルドベキアたちだけではなかった。
「やれやれ、自分の城へ戻るのにまさか空を飛んで侵入せねばならぬとはな」
ストリング帝国の皇帝――レコーディ―·ストリングだ。
彼は機械兵オートマタを引き連れ、今まさに城内へと入ろうとしていた。
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