3人が本棚に入れています
本棚に追加
本当の怪物
カナダ人物理化学者、アンドレ・ドランブルが発明した転送装置は物体を分子レベルで分解し、再構築することで転送装置間で長距離の移動を瞬時に行うことができる輸送装置である。
「あり得ないだろう。混合物チェックで仮に漏れたとしても、同化がこんな形で起きることはないはずじゃぁ……」
僕は何が起きているのかすぐに理解した。
「中村! 人をおちょくるのもいい加減にしろよ!」
僕は視聴覚室の天井に向かって“コンソール”と声をあげた。目の前にヴァーチャルコンソールが現れ、素早く操作する。
「プロジェクターを解除します」
一瞬部屋の灯りが消え、再び点灯すると壁に寄せた机の上に乗り、壁にへばりついている中村の姿が見えた。
「中村、ホログラムをこういうくだらないことに使うの、感心しないな」
中村は申し訳なさそうに机から降り、抗議の視線を加藤に向けた。
「だってさぁ、中村の奴、すごくないかぁ。俺なんかすっかり騙されちまったよ。でも日吉はやっぱすげぇなぁ。一瞬で見破っちまうんだからなぁ」
いや、そうでもない。僕は実際に騙されはしたのだ。しかし常識的に考えて、これは度を越し過ぎていた。逆に言えば常識の範囲内なら……、いずれにしても空いた口が塞がらない話ではあるのだが。
「俺を担ごうとしたことは許せないが、しかし、大したものだなぁ。中村のプロジェクターのプログラミング技術は」
「そうだろう! こいつ本当にすごいんだぜ!」
『お前が言うな』と心の中で吐き捨てながら、それでも中村の技術には感心する。
「でも、日吉にはすぐにバレちゃったもんなぁ。まだまだってことだろう?」
中村は少し残念そうだった。
「それは違うよ。もし転送装置で混合物事故が起きた場合、部分的な融合ではなく、遺伝子レベルでの融合になるから人でもゴキブリでもない中村と等身大の異形の者――つまりバケモノになってしまうが、それもいきなり変身するわけじゃない。徐々に細胞レベルで変態していくか、最悪生命活動を維持できなくなって死んでしまうんだ――つまりだ。リアリティに欠けていただけで、ホログラムそのものは完璧に近かったってこと」
中村は僕の話を真剣に聴いているが、その横で加藤が得意気な顔をしている意味が解らなかった。
「なぁ、中村、だから言っただろう。お前もすごいけど日吉はもっとすごいんだぜ。こいつの知識と“良識ある判断力”のほうが、俺からするとバケモノだけどな」
なんてことはない。加藤は中村に一杯食わされた腹いせに、僕を利用したのだ。
まったく、加藤も加藤でバケモノだわ。
空いた口が塞がらない。
最初のコメントを投稿しよう!