ウィリアム・ミスカの冒険

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 ウィリアム・ミスカが目を開けると、そこは真っ白い壁に覆われた部屋だった。  思わず首を傾げる。こんな気色の悪い部屋に来た覚えはない。 「どういうことだ!」  ミスカは叫んだ。周りを、金色の瞳で睨みつける。だが、誰も現れない。  このミスカ、身長百九十センチで体重百十キロの大男である。恵まれた体格と優れた身体能力を持ち、柔道でオリンピックに出場し圧倒的な強さで金メダルを取った。その後は軍人になり、政府の特務機関に所属し多くの手柄を立てている。怒ると全身が真っ赤になり、ダンプカーをも素手でスクラップにしてしまう怪力を発揮するのだ。付いたあだ名が赤鬼ミスカである。 「三分待ってやる! 誰か出て来て説明しろ!」  もう一度、怒鳴りつけた。すると、何もないはずの空間から、いきなり出現した者がいる。杖をついた老人だ。髪と長い髭は真っ白であり、古い時代の衣を着ている。神話に登場する神のような姿だ。 「すまない。君は、本来なら死ぬ予定ではなかったのだ。我々のミスで死なせてしまった」 「死ぬ予定ではなかった、だと? お前は、いったい何を言っているのだ……」  その時、ミスカは思い出した。  政府の重要な任務を遂行するため、飛行機に乗り空を移動していた時のことだった。空賊と名乗る(やから)の襲撃を受け、空中で戦いになったのだ。ミスカは奮戦したが、強烈な光を浴びて飛行機より落下してしまう。  最後の言葉は「目が、目が!」だった── 「そう、君は死んだのだ。しかし、本来なら死ぬ予定ではなかった。これは、神である我々のミス。その償いの為、君をこれから異世界へと送る──」   言葉の途中で、ミスカが老人の衿を掴んだ。  次の瞬間、巴投げでぶん投げる。老人は数メートル先まで吹っ飛び、頭から落ちる。普通の老人なら、死んでいるだろう。 「ミスとはなんだ! 言葉を慎みたまえ、君は赤鬼ミスカの前にいるのだぞ!」    怒鳴ったが、老人は倒れたままだ。苛立ったミスカは、さらに怒鳴りつける。 「私をあまり怒らせない方がいいぞ! 当分、二人きりでここに住むことになるかもしれないのだからな!」  すると、老人は立ち上がった。呆れた表情で首を振る。 「お前みたいな無茶苦茶な奴は初めてだ。付き合いきれん。さっさと転移してくれ」  次の瞬間、ミスカの姿は消えていた──  ミスカは、目を開けてみた。周囲を見回してみる。  全く見覚えのない場所だ。周囲は樹木に囲まれており、下には草が生えている。虫や小動物の蠢くカサコソという音、さらには動物の鳴き声らしきものも聞こえる。  これは……かつてテレビなどで観たジャングルそのものではないか。 どうしたものかと考えたが、このままでは何も出来ない。とりあえず、移動してみよう。  ミスカは、歩き始めた。ところが、木の根につまづき転びそうになる。 「クソ、木の根がこんなところまで! いずれ焼き払ってやる!」  ぶつぶつ文句を言いながら、ミスカは進んでいった。すると、前方から妙な物音が聞こえる。ギャアギャアと鳴く不気味な声、さらに若い女の悲鳴だ。  いったい何事だろうか……ミスカは、悲鳴のする方角へと走った。彼は足も速い。百メートルを五秒ほどで走ってしまう超人である。あっという間に、騒動の起きている場所へと到着した。  そこは、とんでもない状況であった──  これまで見たこともない猿のような生物が、若い女を取り囲んでいる。生物の大きさは、小柄な人間ほどだろうか。全身が緑色で、体毛は薄い。毛皮の服を着ており、小型の剣や手斧などを持ち、ギャアギャア耳障りな声で鳴いている。  ミスカは、にやりと笑った。こんなおかしな世界に転移させられ、かなり不快な気分だったのだ。こいつらなら、倒しても問題あるまい。いい気晴らしになりそうだ。 「緊急事態につき、私が闘おう。そこの女、言葉がわかるか?」  尋ねたが、女は唖然となってこちらを見ている。恐怖のあまり、声も出せないらしい。  まあいい。ミスカは、つかつか近寄っていった。途端に、緑色の生物は彼を睨みギャアギャア騒ぎ出す。  ミスカは、生物の顔をひとりひとり順番に見ていった。なんともバカそうな連中である。 「ハッハッハ、私と闘うつもりか?」  嘲笑しつつ尋ねてみたが、返ってきたのはギャアギャアという耳障りな声だけだ。 「どうやら、言葉も通じないらしいな。では、見せてあげよう。私の、(いかずち)のごとき力を!」  言うと同時に、手を伸ばし手近な生物の襟を掴む。  次の瞬間、力任せにぶん投げた──  生物は、宙を飛んでいく。数メートル先の地面に、頭から落ちた。  それを見た他の生物たちは、怯えた様子で後ずさる。先ほどまでの勢いは消えうせ、恐怖が彼らを支配していた。ミスカの、圧倒的なまでの強さを理解したのだ。  だからといって、彼らを逃がすほどミスカは善人ではない。 「次はお前だ! ひざまずいて命乞いをしても許さんぞ!」  吠えながら、ミスカは突進して行った。緑色の生物を、ちぎっては投げ、ちぎっては投げ……その様は、荒れ狂う竜巻のようであった──  気がつくと、生物はみな地面に倒れていた。もっとも、何匹かは逃げてしまったようである。  一方、襲われていた女はというと……呆然となりながら、ミスカを見ている。  ミスカは、女に近づいていった。 「これはこれはお嬢さん、私の名はウィリアム・ミスカだ。ご無事かな?」  恭しい態度で尋ねたが、女は怯えた様子で後ずさる。  その途端、ミスカの表情が一変した。 「人の話を聞いているのか! 三分待ってやるから、なんとか言ってみろ!」  その途端、弾かれたように女は立ち上がる。 「す、すみません! 助けてくださって、ありがとうございます!」 「わかればよろしい。ところで、君はどこから来たのだ?」 「は、はい! この近くのラプンタ村から来ました」  女が答えると、ミスカは頷いた。 「そうかそうか。では、そのラプンタ村とやらに案内してくれ」  女に案内され、ミスカはラプンタ村に到着した。村は木でできた柵に囲まれ、その内側には小さな畑がある。牛や鶏の鳴き声もする。また、そういった動物たちの存在に伴う独特の匂いも、辺りにたちこめている。さらに木造の粗末な造りの家が十件以上あるが、その内の幾つかの煙突からは煙が出ている。  一見、のどかな雰囲気だが……中では大騒ぎになっている。 「もう、おしまいだ!」 「あたしたちは、どうすればいいの!?」 「こうなったら、みんなで逃げるしかない!」  村人たちは中央広場に集まり、口々に言い合っている。皆、怯えた表情を浮かべていた。 「みんな、どうしたの?」  女が尋ねると、村人たちは一斉に彼女の方を向いた。 「大変なんだよ! ゴブリンの群れが、この村を襲うらしいんだよ!」  ひとりの村人が怒鳴ると、女の顔色が変わった。 「どういうこと!? なんでゴブリンが、この村を襲うの!?」 「ゴブリンキングが、この地方にやって来たらしいんだよ! 既に二つの村が襲われ、村人は皆殺しにされたらしい!」 「そ、そんな……」  村人たちと女が話している時だった。突然、ミスカが乱入していく。 「時間がもったいない、私が話を聞こう。まず、ゴブリンとは何者だ?」  言いながら、ミスカは村人たちを見回す。  村人たちの間に、動揺が広がっていく。 「あ、あんた誰だ?」  ひとりの村人が尋ねた。すると、ミスカの表情が険しくなる。 「誰だ、だと!? 言葉を慎みたまえ! 君は赤鬼ミスカの前にいるのだぞ! 私のことより、ゴブリンが何者か説明しろ!」  ミスカの剣幕に、村人たちはたじたじとなり後ずさる。すると、女が口を挟んだ。 「ゴブリンとは、ミスカ様が先ほど倒した者たちです」 「先ほど倒した者たち? というと、あの緑色の生物か……」  その途端、ミスカは笑い出した。 「ハッハッハ、あんな連中など恐るるに足らない! 捻り潰せばよいではないか!」 「いや、そんなの無理です……」  ひとりの村人が、恐る恐る口を挟む。すると、ミスカはぎろりと睨んだ。 「無理ではない! 今、ラプンタは嵐の中にいる! だからこそ進むんだ! 必ず出口はある! 私が、ゴブリンを全滅させてみせよう!」    そこで、ミスカは言葉を止めた。村人たちを、じっくりと見回す。  少しの間を置き、ふたたび語り出した。 「この赤鬼ミスカが、ゴブリンを全滅させる……素晴らしいじゃないか! 最高のショーだとは思わんかね!」  村人たちには、ミスカが何を言っているのか、さっぱり理解できなかった。だが、彼の尋常ではない自信と勢いに押され、同意せざるを得なかった。  逆らったら、もっと面倒なことになりそうだし。  数日後──  ゴブリンの群れが、ラプンタ村を襲撃すべく集結した。巨大な体のゴブリンキングに率いられ、百を超えるゴブリンたちは進撃していく。  だが、彼らは足を止めた。  ラプンタ村の柵から、多くの旗が見える。さらに、兵士らしき者たちの姿も……その数、ざっと百。  ゴブリンたちは、驚き戸惑っていた。こんな田舎の村に、兵士たちが配置されているとは聞いていない。  その時、村から出て来た者がいる。  ミスカであった。 「バカどもには、ちょうどいい目くらましだ」  ミスカは、ニヤリと笑った。そう、兵士たちは全て、村人たちの作った藁の人形である。  一方、ゴブリンたちは困惑していた。まさか、たったひとりで自分たちに向かって来るバカがいるとは思っていない。  だが、その隙を逃すミスカではない。直後、凄まじい勢いで突進していく──  それは、一方的な戦いであった。  ゴブリンたちは凶暴な性格であり、棍棒や小剣などで武装している。数も、遥かに上なのだ。にもかかわらず、ミスカの前では赤子も同然であった。彼の手で掴まれ次々とぶん投げられ、倒されていく。 「見ろ! ゴブリンがゴミのようだ!」  叫びながら、ミスカは一匹のゴブリンを掴み引き寄せる。と同時に、ゴブリンごと空中へ高く跳躍した。  直後、掴んでいたゴブリンを、一本背負いで投げる。投げられたゴブリンは、数匹の仲間ごと地面に叩きつけられた。  次の瞬間、ゴブリンの群れに恐怖が広がる。彼らは、ようやくミスカの超人的な強さを理解したのだ。これは、自分の手に負えるような相手ではない。  その時だった。ゴブリンの群れを掻き分け、前に出て来た者がいる。身長は二メートルを超える巨体であり、ミスカが小さく見えるほどだ。腕も丸太のように太く、緑色の体にはあちこち傷痕がある。歴戦の強者であることは一目瞭然だ。さらに右手には、巨大な包丁のごとき剣を握っている。  この怪物こそ、ゴブリンキングである── 「ほう、君がキングか。その大きな刀で、私と勝負するかね?」  余裕たっぷりの表情で、ミスカは言ってのけた。ゴブリンキングの巨体にも、恐れる様子がない。  すると、ゴブリンキングは吠えた。怒りの咆哮だ。その声は、辺りに響き渡る。  次いで、巨大な剣を振り上げた。  直後、ミスカめがけ振り下ろす──  ゴブリンキングはかつて、その剣でヒグマを一刀両断したことがあった。この剣の一撃を喰らえば、ミスカといえどひとたまりもない……はずだった。  だが、頼みの剣は途中で静止している。ミスカが一瞬で間合いを詰め、ゴブリンキング右手首を掴んでいたからだ。  ゴブリンキングは、戸惑いの表情を浮かべる。自分よりも、遥かに小さな体のミスカだが、その腕力は尋常ではない。掴まれている右手は、全く動かないのだ。 「君のアホ面には、心底うんざりさせられる」  言いながら、ミスカは己の手に力を込めた。  直後、ゴブリンキングは悲鳴を上げる。彼の右手首は、ミスカの化け物じみた握力で握り潰されたのだ。剣が、どすんという音と共に地面に落ちる。  さらにミスカは、ゴブリンキングに足払いを食らわす。その足払いは、投げ技というより打撃技であった。ミスカの足が当たった瞬間、ゴブリンキングの太い足首が砕ける。彼はもう立っていられず、ミスカの足元に無残に倒れた。  直後、ゴブリンキングはギャアギャア叫んだ。なんと言っているのかは不明だが、命乞いの意思を込めていることは理解できた。  さらに、地面に額を着けてひれ伏す。これは、あらゆる種族に共通のジェスチャー……降伏のしるしであった。  自分たちの王の無残な姿を見て、ゴブリンたちも一斉にひれ伏した。  そんな彼らを見て、ミスカは笑い出す。 「ハッハッハ! この世界の生きとし生けるもの全てが、私の前にひれ伏すことになるだろう!」   ミスカは、満足げにうんうん頷いた。  この世界で、多くの強力な敵が彼を待ち受けているだろう。立てミスカ。戦えミスカ。君の征服戦争は、まだ始まったばかりなのだから──  
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