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そして、私は、警察官であることを辞めることになった。
警察署のパソコンの画像を無断で撮っていたことが露呈したことや、セイヤとの関係に於いて、その場に居られなくなった。と言った方が正しいだろう。
しかし、黒崎愛が返らぬ人となった事実がある以上、私が警察官でいる必要性もなくなったのだ。
それからの私に対する世間からの冷遇は、筆舌に尽くしがたいものであった。
それは、スーパーでも、区役所でも、病院でも。
後ろ指を指されても、それを甘んじるしかない日々だった。
情報をどれだけ隠蔽しようとしても、私がセイヤと関係のあった黒田美貴であることを、知っている人は知っているのだ。
私の世界が閉塞していく・・
私の心が枯れていくのを感じる。
これは、私なのだろうか・・。
私は、黒田美貴なのだろうか・・。
いや、私が黒田美貴のはずだ・・。
それに間違いはないはずだ。
私は、自分の魂を繋ぎ止めておこうと必死だった。
・・内閣府からの通達文が、人々の心に浸透するには、残念ながらまだまだ時間がかかりそうだ。
でも、私には、守らなくてはならないものがある。
私は、出産することを猛反対する両親を説得するために、実家へと赴いた。
今は、親を頼るより他に道はないように思えた。
一度、一方的に激怒されて電話を切られてからも、両親には何度も電話したし、何度もメールをした。
でも、その後はいつでも電話は繋がらなかったし、メールの返信はなかった。
だから、車を運転して、実家へと向かった。
折しも、細かな雨が降り続けていた。
ドアベルを鳴らし、出迎えてくれたのは父親であったが、父は私を玄関に入れることさえ拒んだ。
父は、今まで聞いたことがないような言葉で私を罵った。そして、玄関の扉を勢い良く閉めた。
だから、雨の中で、私は玄関先で土下座して、許してもらえることを必死で願った。
どれだけそうしていたのかわからない。
濡れて肌に張り付く服の感触も、雨が容赦なく体温を奪っていく感じも、全て私が招いたことなのか。
ただただ、お腹の子が無事なら、私はもう自分がどれだけ無様でもいい。
そう思っていた。
いくらかの時間が経った後で、勢い良く扉を閉めた同じ手で、父は今度は優しく扉を開けてくれた。
その後で、
『美貴、すまなかった。一緒に乗り越えよう。』
と、先ほどとは打って変わって穏やかかにそう言ってくれた父の言葉に、涙が溢れた。
父も母も自分の娘が黒田美貴だと言う事実から、事件に巻き込まれた被害者なのだ。
両親もどれだけ苦しかったことだろうか。
最初は猛反対していた両親であったが、それでも受け入れてくれた両親への感謝は計り知れない。
こんな私でも、両親は居場所を与えてくれるのだ。
そして、
ひっそりと、なるべく人の目に触れないように、両親の元でお腹の子を育てることにした。
世間から隠れるように・・。
私には、お腹の子を守ることが何よりも大切なものとなった。
・・それ以上に大切なものは何もない。
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