70人が本棚に入れています
本棚に追加
/108ページ
それから3年が過ぎ、セイヤと私との子は、元気にすくすくと育っている。
私は最近になって、ピアノの仕事も始めた。
顔と名前が明記されることがない、ピアノ音源を録音する仕事だ。
それは、管楽器のピアノ伴奏のためのものであったり、連弾用の練習のための音源で、主にCDやダウンロードで販売するものだ。
この仕事を紹介してくれたのは、親友のカナデだ。
・・セイヤのその後の足どりは、未だにわかっていない。
あの日、セイヤの自宅マンションからは、バイオリンは見つからなかった。
にも関わらず、失踪の日にセイヤは自分の魂とも言えるバイオリンを持ってはいなかった。
もし、セイヤが生きているとして、
セイヤはどこにいるのだろうか・・
逃げてほしい気持ちと、ちゃんと罪を償ってほしい気持ちと・・
戻って来て欲しい気持ちと・・
もう会えないのだろうか。
いっそ、どこかで自決していた方がセイヤのためなのかとも思う。
でも、でも・・
心がセイヤを求める。
セイヤ、悔しいけど、会いたいよ・・。
戻って来て・・
私は、憎いのか、それとも、まだ愛おしいのか。
混乱した気持ちで、もう市場には出回ることのない黒崎静夜のCDをパソコンで再生する。
ジャケットは、あのときもらった一枚きりのあの絵と同じものだ。
こうなることを、セイヤは解っていたのだろうか。
懐かしいあの手、あの肩幅、私を抱いた時のあの息づかい。
私に見せてくれたあの笑顔・・。
最後に見た、あの寂しそうな表情・・。
すべてが音と共に甦る。
「ねぇ、ママ。」
カタコトな言葉で、
「これは誰が演奏しているの?
何て言う曲?」
私の膝に収まっている、三歳になったばかりの娘が言う。
「・・これはね、世界一素晴らしいバイオリニストの演奏よ。
伴奏は・・ママがした。
曲は、ベートーベンのクロイツェルソナタ。
世界一『愛』を渇望してやまない曲よ。」
「かつぼう?」
「そう。
心からそれを望むと言う意味よ。」
最初のコメントを投稿しよう!