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私が警察官になったのには訳がある。
k音大の同期でバイオリニストの黒崎静夜は、同じ卒業演奏に出演した時から気の合う仲間だった。
彼は、あのクロサキマナのふたつ歳上の兄だ。
私は、彼の卒業演奏直前で伴奏を頼まれるまで、その事は知らなかった。
卒業演奏では、私は単独でリストのハンガリー狂詩曲の2番を演奏した。
そして、静夜のクロイツェルソナタの伴奏を行う事となった。
静夜のクロイツェルソナタに、とてつもない激しさと魅力とともに、官能的なまでの甘美なしなやかさを感じた。
私は、その伴奏をしている中で、自分自身の魂を奪われるのではないかと感じる瞬間が何度もあった。
自分の魂を、この世に留めておくのに必死であった。
静夜のバイオリンの音には、聴いたものの心を鷲掴みにして離さない、そんな魔力めいた魅力を感じていた。
おそらく、静夜の演奏なら、伴奏なしのピアノとの駆け引きのないクロイツェルソナタでも、すごい魔力を持っているだろう。
しかし、その甘美で官能的なまでの魅力を放っている技巧的な美しさとは裏腹に、どこかとても悲しそうなのだ。
何故なのだろうと考えていた。
そんな折りに、他の女子生徒たちが、静夜のことについてこそこそと話していた内容が気になり、まだ音大生だった私は、それからインターネットや当時の記事情報をかき集めた。
そこからわかったことが、静夜の悲しい音の理由だと確信するに至った。
静夜には、しばらく会っていない2つ年下の妹がいる。
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