13人が本棚に入れています
本棚に追加
ーーコンコン、コンっ。
<Black eater>の撮影中は、男である空斗やアレン達と一緒に生活しているだけに、臆する事無くベルが雄の楽屋をノックすると、先に顔を見せたのは人型の鳳炎だった。
「おや、ご無沙汰ですね。ベルさん」
「こんにちは。撮影ぶりだね」
「御主人に御用ですか?」
「そうなの。雄君、いる?」
するとパタムと冷蔵庫を閉めた音がした後に、鳳炎と交代するように雄が顔を出す。
「いらっしゃい。……ベル姉だけ?」
「不満?」
「いや、それはないけど……」
いつも空斗とアレンの姿があるのに、ご機嫌な様子で顔を見せたのはベルだけ。この時、すでに(何かあるな)と思った雄だが__。
「よかった! ちょっと雄君に相談というか、尋ねたい事があって来たの❤️」
嬉しそうに両手を合わせたベルは、徐に雄の空いた左手をとって胸元に引き寄せた。恐らくアレンが相手なら鼻血を通り越して、出血多量死に達するお色気かもしれない。
しかし今回の相手は、男とは言っても監督達の間で何故か<鳳龍伝説のヒロイン>と名高い鳳龍 雄。
ベルが特殊能力で相手の気持ちを探っても、まさかの測定不能な無反応に終わった。
ーーえ? まさか空斗と同類なの?!ーー
<Black eater>で唯一ベルのお色気作戦が通用しない主人公、篠口 空斗。そんな人がこの世に二人も居るのか?! と内心驚くベルだが__。
実は、女性だった経験からお色気に対して疎くなってしまった雄。お陰様で仲間内に<終わってる>とか<枯れた>なんぞ言われてたりする。
しかし、そんな諸事情など知らないベルは、雄に下心は無いと判断して胸を撫で下ろし。
一方彼女が<Black eater>のマドンナ的存在であることを知ってる雄は、周囲の目を気にしながら質問する。
「それは此処で聞いても平気な話なの?」
「え? あ、中に入れてもらっていい?」
「な、中に?Σ(゜Д゜)」
これにはさすがに驚いた雄だが、断る理由もなかったので。「まぁどうぞ」とベルを楽屋に招き入れると、足が冷えるだろうからと火燵にお茶とミカンを勧め。異様な程に落ち着いた和室で、彼女の話を聞く事になった。
「雄君は空斗と親しい仲よね?」
「うん、まぁ親しい方だと思うけど……」
「空斗の好きな人って知らない?」
突然何を言い出すかと思えば、今月はバレンタインがメインイベントとなる2月。ベルの狙いが分かった雄は、ふと去年(2019年)自身の監督(作者)と見に行った某名探偵の映画。<ゼロの執行人>に登場する人気キャラクターと空斗を重ね合わせて即答する。
「この世界なんじゃないの?」
「__雄君でもそう思うんだ」
「うん」
実際誰に対しても平等な対応をするため、本命の有無すら謎に包まれている空斗。
そんな彼の事を好いてる人なら、誰でも一度は疑問に思うことだろうが__。さすがに世界規模どころか、世界そのものが相手となるといじけたくもなる。
「御愁傷様」
「言わないで」
「他に質問は?」
「無い、けど……。それなら雄君に調べてもらいたいことがあるんだけど」
「俺に?」
すでにバレンタイン絡みだと勘付いてる雄は、ちょっぴし嫌な予感がした。
でも男性相手に恋愛相談なんて、相当勇気が必要な行為であると認識している雄は、相手のオウム返しに小さく頷くベルを追い返す事が出来ずに承諾する。
「どうぞ」
すると気持ちを落ち着せるために湯飲みを手にした雄に向かって、ベルが渾身の依頼を申し出る。
「空斗が本命チョコを受け取ってないか、調べてほしいの!」
「は?」
それは本人に聞かずとも、何となく分かるような気もするが……。即座に人型から小型ドラゴンへと姿を変えた鳳炎は、頼みを聞いてしまった雄にアイコンタクトされても、お口ミッフィーならぬ蜥蜴口な状態にして面倒事回避。
恋愛絡みは厄介事が憑き物と言わんばかりの裏切りに、雄は内心(このやろぉ)と思ったもののーー。ちょうど監督/静繧から空斗宛の言伝を預かっていたので、ベルに「まぁ探れるだけ探ってみるよ」と伝えて、今日のところは帰ってもらった。
「さぁて、上手くいくといいけどな」
作戦は無いが、ちょうど男性陣もバレンタインの話題で盛り上がってるはず……。本命チョコがあったかどうかぐらいの話なら、簡単に聞き出せそうなもんだがーー。
それでも鳳炎は、人型に戻ろうとはしなかった。
【つづく】
最初のコメントを投稿しよう!