波打ち際の線香花火

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そんな長谷川と俺の唯一の思い出といえば、中学生の頃のクラスメイトでした花火だった。やすいコンビニで売ってる花火を2つ3つ買って、砂浜で遊んだことだな、と感慨に耽る。その時は安い花火も、とても高価なものだった。男子はヤイヤイとロケット花火を飛ばして女子に危ないと怒鳴られた。あいつはあいつの事が好きだとか、そーいうのやめなよ、とか、よくあんなくだらないことで騒げたなと感心する。  ーーよく覚えてる。あの日は、暑い熱帯夜だった。笑い疲れて顔も体も熱くなった俺は、履き古したビーチサンダルを脱ぎ捨てて冷たい波に足をつけた。ヒヤリと感じる冷たさは楽しさに興奮しすぎた心臓をすこし落ち着かせてくれた。 『寛太くん』  聞き慣れた声に勢いよく振り向くと、長谷川が立っていた。黒い髪に白いワンピースで来ていた長谷川は、いまでも思い出せるほど中坊の俺には綺麗な景色として焼きついていた。波が引いて、足元の砂が取られる。ズズ、と埋まる足のせいで体がよろめいた。 『うわっ』 『大丈夫?』 『だ、大丈夫だよ、こんくらい』  とてもうるさいクラスメイトが近くにいるはずなのに、まるで二人の世界になったように長谷川しか見えなかった。白いワンピースと、触らなくてもわかるほどの細く柔らかそうな髪は潮風に靡いていた。誰も触ることがなかったのだろうが。否、触れることが出来なかった、と言ったほうが正しい。 『……で、な……なに?』 『お盆に海入ると、幽霊につれてかれちゃうんだよ』  長谷川は、知ってた? と悪戯にはにかむ。 『が、がきじゃねえし、連れて行かれないよ』  連れてかれちゃっても知らんからね、とまたクラスメイトの喧騒の中に走っていった。そんな怖くもない迷信に、心臓が高鳴った。その心臓の高鳴りが長谷川のせいだとすぐ理解できなかった中学生の俺は、迷信を信じたわけではないが、海からすぐ上がった。ヘタレの中坊な俺は、それだけでゆでだこになるくらいの青春した思い出として心に刻んだのだった。
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