バケモノは、レンズの向こうに

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そういえば子供の頃は、写真を撮っている時が一番満たされていた。 好きなものを撮って、母さんに「凄いね」「綺麗だね」と言ってもらえるのが、とても嬉しくて、温かさを感じた。 「……なぁ。お前も見るか?」 「……ミル?オマエ?」 「ほら、こんな感じ」 おもむろに俺はカメラを手に取って、今まで撮ってきた中でお気に入りだった写真をバケモノに見せた。 そこらへんに咲いていた花や、何の変哲もない住宅街。誰だったかも忘れてしまった後姿。 仕事とは全く関係のないどうでもいい写真ばかりだったけど、俺にとっては目を引かれるものばかりだった。 「それに比べて今撮ってるやつは……なんの感情も出て来ないな」 そりゃそうだ。 撮りたくて撮ってるものじゃないのだから。 仕事の為に撮ってきたものなんて、ただの記録と同じ。そんなものに、心を動かされないのは当たり前だ。 「オォ。コレ」 「ん?なんだ?」 「デカイ」 「あぁ、そうだな。これはたまたま海辺にいたやつで」 「ウマソウ」 「あはは。食うのかよ」 「コレ。アル」 「この花のことか?へぇ……この森にも咲いてるんだな」 「ミルカ?」 「……そうだな。撮らせてくれ。その花を」 まるで、子供の頃に戻ったみたいだった。 レンズの向こうに見えるものに興味を惹かれて、心が躍る。 シャッターを切る手が止まらない。 「とても、綺麗だ」 緑の隙間から零れる光も、森を駆け回るいろんな動物たちも、小魚が泳いでいる透き通った川も、陰に咲いている小さな花も。 「キレイ?」 「あぁ。綺麗だ」 気が付けば、俺のカメラにはバケモノの写真ばかりになっていた。 どうやらこのバケモノは、色んな姿に変化することができるらしい。 最初に会った時はトカゲのようだったが、川を泳ぐときはウーパールーパーのような姿になったし。熊やイノシシといった大きな獣に遭遇した時は、大きなライオンのような姿になっていた。 どの姿も度肝を抜かれたけど、一度だけまるで映画に出てくるエイリアンのような姿になった時は、本当に怖すぎて腰が抜けた。 でも。だからこそ俺はバケモノを沢山撮っていたのだと思う。 どんな姿にも変われるバケモノが面白くて、羨ましくて、綺麗だと思ったから。 「俺も……お前と同じバケモノだったらよかったのに」 「バケ、モノ?」 「そう。お前はバケモノだろ?」 「オレ、ガウス」 「……そうか。お前ガウスって言うのか」 「オマエ、ナマエ」 「俺?俺は、徹だ」 「トオル?」 「そう。ト、オ、ル」 「トオル」 ガウスと会ってから、俺はシャッターを切るのが楽しくなっていた。 森からはいつまで経っても出られないけど、それでもここは、ガウスといるこの場所は、とても居心地が良かった。 「ガウス。これからも俺と一緒にいてくれるか?」 「?……イル」 「そう。俺達は友達だ」 「トモ、ダチ」 「あぁ、お前がバケモノだろうと関係ない。俺達はずっと友達だ」 大きな手のひらに、小さな手をのせて、温もりを分かち合う。 「いつかガウスにも、俺の住む場所を見せてあげたいな」 「トオル、イエ。ココ」 「まぁ、今はここかもしれないけど。この森に来る前は、ちゃんと家があったんだよ。今頃は埃かぶってんだろうなぁ~」 「……イエ。カエル?」 「いいや。帰ってもどうせ一人だし。ガウスとここにいる方がいいよ。ただ……家に置いてきた他のカメラを持ってきたかったって気持ちはあるけど……別に今は一つあればいいしな」 「……カメラ」 「そんなことより。ほら、友達記念だ。一緒に写真撮るぞ」 「シャ、シン」 ガウスと二人で撮った記念写真。 それが最初で最後になるなんて、この時の俺は思いもしなかった。
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