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だが、聖の『引っかかり』は杞憂ではなかった。
杞憂というか懸念というか… それも本来は失礼な話なのだが、それでもそれ以外に言い様が見当たらず、聖は寸の間、空を見上げた。
その日、「来てますよ、ガリレオ先生」と松延が言うので、ミカワとどれどこと騒いでいたら、穂高本人が「あそこに居てます」と教えてくれた。
「おおう…」
「これはまた」
音に聞くイケメンは本当に圧のあるイケメンだった。ちなみに赤谷もホンモノの御曹司らしい華やかな容姿で毎年ファン投票では女性票をかっさらっていくが、それとはベクトルが違う怜悧な美貌だ。ごついカメラを提げて、常連のおっさんに捕まって立ち話する姿でさえグラビアのようだ。日本人離れした、というより「ほとんどCGっすね!」というのはミカワの談で、これは話題にもなるだろうと納得したのだが。
「ま、中身は意外に理系男子の典型つうか、へん… うん、面白いヒトっすよ」
とはかなり遠慮したふうのケントの感想だ。
そして試合後、そこそこ納得のいく投球が出来た風情の穂高が、顔見せてきますと、いそいそと出て行く。聖は、それならついでに挨拶でもと、何の気なしに穂高の後を追った。
球場の外、出待ちのコアなファンとはだいぶ離れて、壁にもたれてカメラをチェックするガリレオ先生が見えた。その様子でさえあまりに絵になるので、ひょっとして選手以外に彼目当ての客も居るのではないか、と聖が迂闊にも感心していると、穂高の長身が視界に入ってきた。
「ほ、」
たか、と、聖が呼びかける、より僅かに早く。
「かえで!」
と穂高の声が響いて、彼がゆったりと顔を上げる。僅かに目を細めて微笑む。跳ぶように駆け寄った後輩の白い歯が見えた。それに彼がなにかを応えると、穂高も微かに笑んで、
彼の手が穂高の頭に伸びて、短い黒髪の、無造作に、だのに柔らかく撫でる。
くすぐったそうな、その、貌と、彼を見つめる彼の、瞳の色と。
始まったばかりの春の光は、透明に輝く小さなシャボン玉のように溢れて、
まるで、それは
その瞬間、聖と彼の目が合った。
パチン、と大きなシャボン玉が弾けるような。剣呑とさえ云える視線の強さと鋭さに、ああ、と、聖は確信する。
これは…
これは、猫の恋だ。
聖を認めた彼は、すこし眼差しを緩め、ひっそりと嗤った。
思わず聖は目を見開く。いい度胸だ。
ここは年長者の矜持を持って、聖がなんとかひとつ頷くと、彼はふっと真顔になって丁寧に一礼した。その堂に入った態度がまた酷く端正で、聖は溜息を呑み込んだ。鷹揚に見えるだろうかとひやひやしながら、軽く手を振る。彼もまた表情を緩めて肯うと、穂高を促した。
そうして連れ立って歩きだした後輩達を、聖はただ、見ていた。
「やられたなあ…」
そう言うほかない。牽制死などいつぶりだろうか。軽く頭を振って、聖はバックヤードへ引き返す。秘密を知ってしまった緊張感と、幽かな寂しさとくすぐったさで苦笑を禁じ得なかった。
春と聞かねば、知らでありしを。
聞けば急かるる…
まだ、時にあらずと声も立てず、か。
聖は、猫たちの秘密が暴かれないことを、そっと祈った。
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