第2話 旅の始まり

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第2話 旅の始まり

 天使制度、洗礼当日の朝。エルク村の広場に、大勢の人々が集まりだす。集まった者達は、目当ての存在が現われるのを今か今かと待ちわびていた。 「白天使様、万歳! 万歳!」 「ユウ様、頑張って下さい!」 「白天使様の勝利、期待していますよ」  やがてその者が姿を現すや、皆皆は歓声をあげる。白天使――ユウは、自信に溢れた顔で「頑張ります」と民達の歓声にそれぞれ応じる。 「凄い歓声だな」 「それだけ、ビアンコの民達は白天使に期待をしているのよ」  あまりにもの歓声に、レオンはびっくりしたようだ。ジュリアも驚いてはいたが、あくまでも冷静な素振りを見せる。 「私も、足手まといにならないようにしなきゃ」  ユウやレオン、ジュリアに遅れをとらないようにアリスは彼らに付いて行く。この旅はエルク村、いやビアンコ全土に住む民の希望でもあるのだ。ユウを必ずや無事に、マナの塔まで送り出さなければならない。アリスはそう心得た。 「ライムの民がユウ様の護衛に付くだなんて……」  またアリスが白天使の護衛だと知った民の一部は、不快感を示す。ライムの民が、白天使の護衛に付くのが気に食わないのだろう。それを見たアリスはエルク村の民達からそっと目を逸した。 「ユウ様。それから、ジュリア、レオン、アリス……」  大勢の人だかりの間から、エルク村の村長が姿を現した。そして、白天使や護衛の者の名前を呼ぶ。ユウは村長の姿を見ると、村長の目の前に立った。 「村長、村の皆さん。十五年間、俺を見守って下さり、育てて下さりありがとうございました」  ユウはそう告げた後、頭を深く下げた。十五年間エルク村を第二の故郷に出来たのは、エルク村に住む村長を始め民達のおかげだ。だからユウはエルク村の民に感謝の気持ちを伝えるのだろう。 「ユウ様、どうか達者で。ユウ様の旅の成功を、心から祈ってます」  村長は何処か寂しそうに告げた。ユウはもう、このエルク村に帰って来ないからだろう。エルク村の民達が愛した白天使が、無事に旅を終える事が出来るようにと村長は祈った。 「ジュリア、レオンそれからアリス。ユウ様の護衛を頼むぞ」  村長に力強くそう告げられるや、レオンは任せろとばかりに笑みを浮かべ、ジュリアは頷いた。 「ユウくんを、全力でお守りします」  白天使を慕い敬う村長や民達に、アリスは白天使を守る事を約束したのだった。 「それでは、行って参ります」  ユウはエルク村を離れる寂しさを目一杯隠しながら、村長や民達に背を向け、エルク村を離れる為に歩き出した。それにジュリアやレオン、アリスも続く。  エルク村の民達から、ユウの旅への期待の声が聞こえる。その声を一心に背負いながら、ユウそしてアリス達白天使の護衛は旅の始まりを迎えたのだった。  アリス一行は白天使の洗礼を受ける為、天使の塔を目指した。天使の塔はリラ村の北に建立している。まずはリラ村を目指す事にした。 「皆さん、ちょっと寄りたい所があるのですが……」  ライムの森跡地に差し掛かった時だった。突然、アリスはユウ達に行きたい所があると話し掛けたのだった。 「アリス、一体何処に寄りたいんだよ?」 「ライムの大木に立ち寄って欲しいのです」  レオンが詰まらなさそうにアリスに行きたい場所を聞くと、アリスはライムの大木に寄りたいと伝える。  アリスが言うには、大昔から存在する大木にこの旅が成功するように願を掛けたいというのだ。大木にはライムの神が宿っている。その神に肖りたいと、アリスは思ったようだ。 「俺もこの旅を必ず成功させたいですし、アリスさんの意見に賛成です」  ビアンコ地方を衰退から救いたいと自負するユウは、ライムの大木に興味を示した。 「そうね。どっちにしろ通り道だし、寄れる程の時間もあるわ。ライムの大木に寄りましょう」 「俺は神様とか信じねえけど、仕方ねえから付き添ってやるよ」  ジュリアもアリスの意見に賛成のようだ。一方、レオンはライムの神の存在を信じないと告げたが、面倒くさそうにライムの神に旅の成功を祈る事を了承した。  アリス達一行は、ライムの大木に立ち寄る事にしたのだった。  ライムの森跡地は大火災の後、衰退していくビアンコ地方の大地に反して、少しずつ緑を取り戻している。ライムの森は神秘的な場所だからだろうか。  ライムの大木の目の前に来るや、ユウやレオンは大木の逞しい生命力に驚きを隠せないでいた。流石古代から存在する、ライムの神が宿った大木だ。 「アリス、願掛けはどうするの?」  ジュリアがアリスにそう聞くと、アリスは今からやってみせるとばかりに大木の前に立つ。そして目を瞑り、両手を上へ掲げると掲げた両手を胸元に重ねるように置く。そして再び手を空に向けた。 『ライムの序曲……  民のムイラら我  り守を木大のムイラ  子つ持を力能るえ与をし癒  力しえ与に民のムイラ  子の民たれば選に様霊精  人住の森のムイラ  者ぐ紡を歌に久永ら我』  ライムの民が祭りごとを始める時に歌う詞――ライムの序曲。大木に宿るライムの神を呼び覚ます歌である。  アリスは目を開けると、大木を見据える。 「この白天使の旅が成功しますように、私の夢が叶いますように」  アリスはユウの成功と、アリスの慕い人に会える事を、この旅が無事終焉を迎える事を願う。  また異民族――ライムの民という、普段とは変わった一面を持つアリスにユウを始め、皆は彼女の姿に驚いたのだった。  アリスは再びライムの大木を目に焼き付けると、願掛けが終わった事を皆に伝える為大木に背を向ける。 「願掛けは終わりました。きっと、ライムの神様は私達の旅を見守って下さると思います」  久し振りのライムの民の素振りに緊張したのか、アリスは一息吐きながら告げた。 「アリスさん、ありがとうございます。この旅が無事に終わりを迎えたら、ライムの神様に感謝しなければなりませんね」  ユウはアリスにお疲れ様とばかりに、伝えた。アリスの願掛けに勇気を貰ったのだろう。必ず旅を成功させてみせるとばかりにユウは意気込んだ。 「ところでアリス、そういうライムの歌って他にもあるのか?」  ふと疑問に思ったのか、レオンはアリスに尋ねる。いきなりの質問にアリスは戸惑うが、頷いた。 「もう一つだけ、歌があります。だけど、その歌を歌う事は禁忌とされているのです。その理由が何故なのかは、思い出せないのですが……」  その禁忌の理由を、アリスは覚えていない。というより太古から歌う事を禁じているからか、何故歌ってはいけないのかという理由を教えてもらえなかった。だから歌の詞とその歌の効果は覚えているが、どうして歌う事を禁じられているのか分からないのだ。 「ライムの歌も気になる所だけどそろそろ進まないと。今日の内に天使の塔まで行かないと、洗礼を受けれなくなるわ」  ジュリアもその歌の存在を気になっていたが、洗礼をユウは今日中までに受けなくてはならない。何よりこの旅はシュヴァルツ地方を旅する黒天使と旅の終焉までの日数を競っている。早く先へ進む事を告げ、先を急ぐ為にジュリアは歩み始める。 「ええ、姉さん。アリスさん、レオンさん。先を急ぎましょう」  「歌の話をまたして下さいね」と、ユウは付け足しながら話すやライムの森跡地の先を歩いた。アリスもレオンも、先行く姉弟の後を追ったのだった。  丁度、お昼を幾分か過ぎた頃だろうか。アリス一行は、リラ村に着く事が出来た。リラ村は何処か閑かな印象を受ける村だ。 「あれ、花が……」  アリスは民家の側にある花壇を見ると、紫色の花達が萎れているのを目にした。また、他に植えられている植物も元気がなく葉や実が枯れかかっている物もある。 「これはマナ不足が原因ですね」  これも恐らく、二百年前から衰退の一途を辿っているせいだろう。マナが不足している光景を見ると、ますます今回の天使制度は勝たなくてはならないと、ユウは肝に銘じた。 「さて着いたばかりだけど、準備をして天使の塔へ行くわよ」  ジュリアはそう言うと、洗礼に備える為の道具や装備品を買いに店に向かう。リラ村の昼の景色を堪能する時間など、この旅には無い。 「ところで、洗礼って一体何をするんだ?」  突如、レオンは洗礼に疑問を持ったのかユウに尋ねた。レオンのいきなりの質問に、ユウは飽きれたのかため息を吐く。 「そんな事も知らない人が、天使の護衛をするだなんて……」  ユウはレオンを睨み付けた後、やれやれと疲れたような表情をしながらレオンの質問に応じる。ユウに馬鹿にされたレオンはそんなユウの態度を見るや、「知らなくて悪かったな」と言い外方を向いた。 「ユウくん。実は私も洗礼の詳しい事は分からないのですが……」 「あっ……、あっ、アリスさんが知らないのは仕方がないですよ。洗礼は簡単に言うと、ズィーニィー地方にいる神に俺が白天使だという事を認めてもらう為の儀式の事です」  アリスは申し訳ないとばかりに、ユウに謝りながら告げた。その言葉を聞いたユウは慌てて洗礼について説明をする。ユウが「後で実際見れますよ」と伝えると、アリスは洗礼を見るのが楽しみとばかりにユウに喜んでみせる。そしてアリスは嬉しそうに、買い物に向かうジュリアを追いかけた。 「お前、俺とアリスじゃ全然態度違うな。もしかして、ユウはアリスの事……」  レオンはくすくすと笑いながら、ユウに言う。そのレオンの言葉や態度に、ユウは一瞬だけ頬を染めた後すぐに不快感を露にする。 「煩いですね。早く行きますよ」  ユウは再びレオンを睨み付けると、レオンに対して大声で怒鳴りながら言った後アリスやジュリアを追う。ユウの仕草に「やはりな」とばかりにレオンは確信するや、ゆっくりと三人が向かった先を歩いたのだった。  リラ村で装備品などを購入したアリス一行は、リラ村を出た後北の方角を歩き天使の塔を目指した。  天使の塔は白い煉瓦が敷き詰められた筒状の建物だ。どうやら二階建てで、二階で儀式を行うらしい。  天使の塔は天使制度が始まった五百年前に建てられ完成させた、天使制度の為の建設物だ。初めて見た天使の塔に、アリスは歴史を感じた。またレオンもジュリアも、思わず天使の塔の神聖な外観に賛美した。一方、ユウはこれからしなければならない儀式に緊張しているようだ。 「さあ行きましょう」  ユウは緊張している事を隠しながら、塔の中へ入っていく。アリス達は先行くユウの後を追ったのだった。  天使の塔の内部は静寂な雰囲気に包まれていた。それは、アリス達の足音が響くように聞こえる程だ。また通路の壁には明かりを灯す松明が、通路に沿って設けられている。  アリス達一行は、静かな雰囲気に圧倒されながら白い煉瓦の上に敷かれている華美で綺麗な白い絨毯の上を歩き、二階を目指した。  奥に進み、二階へ進む階段を見つけた時だ。突如ネズミ――ベアストが、アリス達一行に襲いかかる。 「恐らく、このベアストは私達が天使制度に相応しい天使、護衛なのかを試そうとしている為の門番だと思うわ」 「これは、天使制度の試練なのですね」  襲いかかってきたベアストは、ユウが白天使に相応しいか、護衛の力がどれほどなのかを試す門番なのだろう。そうと分かれば、闘わなくてはならない。戦わなければならないと感じたのか、真っ先にレオンは剣を抜き構えた。 「ファンタジーフォース!」  アリスは杖を掲げると、補助技――ファンタジーフォースを唱えた。ファンタジーフォースとは、仲間の魔力を上げる技だ。 「いくぜ、二牙斬!」  レオンはベアストに飛び掛かると、片方の剣で二回払う。レオンの剣を使った攻撃に、ベアストは怯む。 「ライトシャイン!」  ベアストが怯んだ隙を、ユウは見逃さない。詠唱し終わると初級光術を、ネズミ型のベアストに繰り出した。一筋の光がベアストの体力を削る。 「止どめよ、ティアウォーター!」  ジュリアは初級水術を詠みあげた。数発の勢いのある水飛沫がベアストに当たると、ベアストは力無く倒れた。 「よーし、門番も突破したし早く二階に行こうぜ!」  初めての試練を乗り越えた。初めての試練を乗り越えたと喜ぶと、レオンは早く二階に行こうとアリス達にせがむ。 「本当、レオンさんは子供っぽいですね」 「ユウ、早く行こうぜ。主役はお前だろう?」  先へ急ぐレオンに対し、ユウは大きなため息を吐きながら苦々しく言い放つ。するとレオンが「主役が一番乗りじゃなくてどうすんだ」と、にやけた表情で言う。  その一連の仕草に、ユウは再びため息を吐くと階段を上るレオンを追いかけた。  アリスとジュリアはお互い顔を合わせた後、苦々しく笑い合いながら先行く二人に付いて行ったのだった。  アリス一行は天使の塔の二階に着く。二階に神々しい雰囲気が漂うのは、目の前に一際大きな白色の祭壇が置かれているからだろう。神々しい雰囲気のせいか、アリス達は緊張してしまう。  また祭壇の奥には、白い台のような物が置かれ、台の上には青い髪を二つに結った女性が映し出されている。 「あれは映像機と言って、遠くにいる方の顔や体などを映す機械です」  つまりユウが話すにはあの白い台は、話す相手の映像を見ながらその相手と会話が出来る『機械』らしい。  ユウは学校の授業とは別に、天使制度についての事や、出生の地であるズィーニィー地方の事を学んでいた。ズィーニィー地方の発展した技術の事をユウが知っているのは所謂、天使学やズィーニィー学を勉強しているからだ。勉強している当人にすれば、機械の詳細を知っているのは当たり前の事だろう。  ユウの知識の広さに、アリスやレオンが驚いていたのを確認すると、ユウは祭壇の前に立つ。そして跪き、手を組み、祈りを捧げ始めた。 「我が名はユウ・アレンゼ。白き地・ビアンコ地方に平穏をもたらす天使なり」  ユウがそう言うや、白色の映像機が少女の姿からすらりとした体格の金色の長髪と青い目を持つ老爺の姿に切り替わる。老爺の耳が長い所、彼はユウと同じ種族であるファイリーだろう。 「私の名はセラビム。神に仕える者、そして天使の旅の案内人である」  老爺はユウ、そしてユウの背後にいるアリス達を見据えると、名乗り始めた。威圧感のある声が、天使の塔の二階――祈りを捧げる祭壇の部屋の空間に響た。 「貴方がセラビム様……!」  天使学、ズィーニィー学の書物で、セラビムの名を何度見た事だろう。書物を読む度憧れを抱いていたセラビムに会えた事が嬉しいのか、ユウは目を輝かせた。  一方、セラビムはユウの背後にいる護衛達を再び見た後、ユウに視線を合わせる。 「ユウ・アレンゼ。そなたを天使制度の、白き地の使者と認めよう」  セラビムはそう言うと、両手を掲げた。すると白い光が映像機――セラビムの両手の間に灯り、そしてその光がユウに纏い始める。そして白い光がユウを包み、ユウの姿を隠した。 「あれは!」  アリスは思わず呟く。ユウを包んだ光は、徐々に浮かび始める。そして白い光が薄くなるや、ユウの背中の異変にアリス、レオンとジュリアは気付いた。 「ユウくんの背中に、羽根が……」  ユウの背中に、白い羽根がある事にアリス達は気付く。ユウの背中に生えた両翼は羽根をばたきながら、光が消えるのを待った。  またユウの首には、白色の宝珠の首飾りがかかっていた。恐らく、この宝珠はこの天使制度にとって必要な道具であろう。  白い光が消え始めるや、ユウは地上に降りた。セラビムはユウを包んでいた光が完全に消えると、威厳のある声で話し始める。 「ユウよ、最初はここから東にあるセルリアの洞窟で水の精霊・アクアを解放するのだ」 「セラビム様。水の精霊・アクアを必ずや、解放してみせます」  ユウの固い決意の言葉に、セラビムは頷く。すると白い台型の映像機が映し出していた映像が消え、ここに来た時に映っていた少女の姿に切り替わった。 「必ず、旅が成功しこの地が繁栄の地になるよう頑張ります」  少女を映し出す映像機を前に、ユウは再び決意を述べた。そして深呼吸をすると、振り返りアリス達を見る。 「ユウくん!」  アリスがユウの名前を呼ぶと、ユウはアリスに応じるように笑ってみせた。まるで緊張の糸がほぐれたように。 「流石、白天使ってだけに白い羽根似合ってんじゃん」  レオンはそう言うと、ユウの背中に生えた白い羽根を触ろうとする。すると、白い羽根はレオンの手を避ける。レオンはもう一回触ろうと手を伸ばすと、ユウはそれを遮った。 「本当、貴方って無神経ですね」  ユウが呆れたように呟いた。ユウの言葉にレオンがユウを「ケチな奴だ」と決め付けるや、ユウは「子供ですね」とレオンを小馬鹿にした態度でやり取りを強制的に終わらせた。 「さて、洗礼も終わったし一旦リラ村に戻るわよ」  ジュリアは、今夜はリラ村の宿で一泊し、明日の朝セルリア町に向かう事を提案した。セルリア町に向かうには、リラ山を超えなければならない。リラ山を登り降りする体力を温存する為には、今日はリラ村の宿へ泊まるのが適切だ。  ジュリアの提案にアリスやユウ、レオンは賛成する。今夜はリラ村の宿に一泊する事が決まるや、ジュリアは早くリラ村に戻ろうと祭壇に背を向け、歩き始めた。そしてジュリアを、レオンは追いかける。 「ユウくん、どうかしましたか?」  アリスも二人を追いかけようとした時だった。ユウが立ち止まったまま、祭壇がある部屋へ――リラ村に戻ろうとしない。 「俺、天使になったのですね」  今まで白天使として生きてきたつもりだった。周りの期待に応えたいが為、白天使として周りの者達に接してきた。だが、実際天使としての儀式を終えると、ようやく本物の天使になったのだと不思議な気持ちになってくるのだ。  これがユウの本望である姿だ。こうなる事を望んだユウはエルク村の民達の顔を浮かべる。きっと彼らは自分を応援してくれている。そう思うとユウは再びこの旅を成功させようと、心の中で意気込んだ。 「おーい、アリス、ユウ。早くリラ村まで戻るぞ!」  階段を降りようとしているレオンは、いつまでも来ない二人に早く来いよとばかりに促す。そのレオンの声を聞いたアリスとユウは、彼に分かったと返事を返す。 「ごめんなさい、アリスさん。早くリラ村に戻りましょう」  ユウはまるで先程の発言を誤魔化すように、笑いながらレオンやジュリアの後を付いて行く。そんなユウの姿に、アリスはそっと微笑むと二階を降りる為に歩き出した。  リラ村に着く頃には、既に夕日が沈もうとしていた。村人達は外仕事を切り上げたり夕飯の仕度をしたりしていた。民家から夕飯の美味しそうな匂いが漂ってくる。 「もしかして貴方様は白天使様ですか?」  アリス達がリラ村の入口まで歩いた時だった。リラ村の住民と思わしき年端もいかぬ少女が、ユウの白い羽根を見るや尋ねた。ユウは迷わず頷くと、少女は村の者達に白天使が来た事を伝えた。すると少女の一声に、外仕事をしているリラ村の住民が白天使を囲いだした。 「ああ、あの方が白天使様! 噂通り、麗しきお方だ」 「白天使様をこの目で見る事が出来るとは……ありがたや、ありがたや!」  初めて見る白い羽根の少年に、リラ村の人々は歓喜の声を上げた。まるでこの地を救う救世主を、崇めているように。  ユウは村の住民達の一声一声に、笑顔で応じた。どの地域でも天使に肖るのは、今の生活を裕福にしたい、繁栄の地になって欲しいが故だろう。 「そうだ、白天使様と護衛様はお腹が減っていませんか?」  最初にアリス達に声をかけた女の子は、そう尋ねた。確かに、エルク村から此所まで歩き、洗礼を受けた。当然、疲れと空腹がアリス達を襲うだろう。しかも運良く、アリスとユウの腹の虫の音が鳴った。アリスとユウは途端に顔を赤らめた。 「でしたら、私の家に来ませんか? 私の家は料理店なんですよ」  腹を空かせたアリス達に、少女の思いも寄らない提案に、アリス一同は喜びその提案に乗った。 「じゃあ、今すぐにでも父と母に伝えますね。白天使様方が私達の料理店に来るなんて、きっと両親も喜びます」  少女は料理店がある場所をアリス達に伝えると、少女の両親に白天使一行が来る事を言いに料理店に向かった。 「どんな料理が食べられるか、楽しみです」  一体、どのような料理が献立表に載っているのだろう。アリスは心から楽しみにしているようだった。またユウはアリスの言葉に同意すると、アリスと共に少女を追いかけた。 「アリスもユウも、相当腹減ってんだな。……って、ジュリア。なんだそれは?」  レオンは先行くアリス達にゆっくり歩き追いつこうとしたが、ジュリアは道具袋から何かを取り出した。 「マイ箸、マイフォーク、マイスプーン、マイナイフよ。何か文句あるかしら?」  なんと、ジュリアは自分用の食器を用意していたようだ。長年ジュリアと一緒に過ごしていた幼馴染みのレオンは、やっぱり持って来たなと苦笑いをせざるを得なかった。 「さて、どんな料理を用意してくれるのかしら」  ジュリアはそう言うと、アリスと弟を物凄い勢いで追いかけた。レオンは、ジュリアが食べ物に異常な執着心を持っている事を思い出した。  普段クールビューティーな印象を持つジュリアの意外な一面にレオンはただ笑いながら、彼女や先行くアリスとユウの後を歩いたのだった。  少女はアリス達一行に、自宅である料理店を案内した。案内した料理店は、何処かこじんまりした印象を持つ店だった。  少女の両親はアリス達白天使一行を見るや、ユウに駆け寄り白天使が料理店に来た事を喜んだ。何と言っても、ユウはビアンコ地方の救世主なのだ。その救世主がこの料理店に来た。これほど名誉な事はない。  少女の両親はアリス達に無料で料理を作る事を約束し、アリス達が食べたい料理をそれぞれ注文すると、すぐさま料理を作る準備を始めた。厨房から美味しそうな匂いが漂ってくる。 「白天使様と護衛の方、どうぞ食べて下さい」  ここを案内した少女の父親が作った料理を、少女の母親がアリスとユウには親子丼、レオンにはカツ丼を配る。 「ジュリアさん、一体その量は?」  アリスはジュリアの前に置かれてる丼の山を見た。アリス達が頼んだ親子丼やカツ丼を始め、沢山の種類の丼ものが置かれている。 「一体、何を驚いているのかしら?」  驚きを隠せないアリスに、ジュリアは平然とした態度で言い放つ。どうやらジュリアは、この丼の山の事など気にしていないようだ。むしろ、ジュリアにとってはこれが当たり前らしい。 「姉さんの胃袋の大きさは宇宙だと言っても、過言ではないです」 「これでもジュリアは、エルク村の大食い大会で何度も優勝してるんだぜ」  ユウとレオンは、ジュリアの大食い事情をアリスに説明し始めた。ジュリアの意外な一面に、アリスは驚きを隠せない。 「さてと、食後のデザートはまだかしら」  アリスが驚きながら食べている間に、ジュリアは頼んだ丼もの全てを平らげた。だが、全て平らげたはずのジュリアが、今度は食後のデザートを頼んでいた。  少女も少女の両親も、その注文――ジュリアの胃袋の大きさに思わず愕然とせざるを得なかった。だが、ジュリアは自分が持ってきたスプーンを取り出し、デザートが来るのを待っている。  少女と両親はそのジュリアの仕草を見るや、急いでデザートを用意する。今夜のデザートはバニラ味のアイスクリームだ。少女の母親はアイスクリームをジュリアに配るや、ジュリアはアイスクリームを一瞬にして平らげる。 「美味しいわね、もう一個頼みたいのだけど」  しかし、ジュリアはアイス一皿では物足りないらしい。ジュリアの大食いの有様を見たアリスは、思わずこう叫ぶ。 「ジュリアさん、もう止めて下さいっ!」  料理店で夕食を平らげたアリス達一行は、リラ村の宿に泊まる事にした。四人共、洗礼までの道のりに疲れたのか、早く休みたかったようだ。  借りた部屋は二つあるが、一つ目の部屋はアリスとジュリアが、二つ目の部屋はユウとレオンが使う事になった。  アリス達四人は明日の出発の時間を決めた後、それぞれの部屋の戸を開けた。 「アリスさん、姉さん。おやすみなさい。二人共、気をつけて下さいね」  夜中、不審な者が現れるのを危惧したのだろう。ユウはアリスとジュリアにそう呼び掛け注意を促した。 「はい。あっ、ユウくんも気をつけて下さい」  ユウは白天使で、サースクロスに狙われる可能性がある。閑かなこの村にハーフファイリーの集団が潜んでいるとは思えないが、潜んでいないとは言い切れないだろう。ユウも、十分注意をしなくてはならない。 「それでは、ユウくん、レオンさん。おやすみなさい」  ユウそしてレオンはその言葉を告げたアリス、そしてジュリアが部屋に入ったのを確認すると、部屋の中へ入っていった。  部屋にはリラ村の景色を望む事の出来る窓や、小さい机、そして二つの寝台が置かれていた。 「なんか狭いな。俺はこう……もっと広々とした部屋だと思ったんだけど」  部屋が想像より狭かったのか、レオンは少しばかり不満を募らせた。そして、靴を脱ぐと寝台に置かれている枕に顔を埋めた。  ユウは寝台に直行するレオンを見るや、ため息を吐きながら寝台に腰を降ろす。そして背中に生えた白い翼をしまうと、布団の中に入った。 「しかし、今日の洗礼は凄かったな。なんつうか、お前がますます神聖的に見えたって感じがする」  レオンは仰向けになると、昼時に行われた洗礼でのユウの態度や仕草が神々しく見えた事をユウ本人に伝える。その言葉を聞いたユウは一瞬驚きを見せた。 「貴方は確か、神様とか信じねえって言ってなかったですか?」  確か、アリスがライムの大木に願掛けをするかどうかを決めるか否やの時だ。彼ははっきり言った。神など信じない、と。 「ああ言ったぜ。神なんて信じない。いや、神なんていない。いるなら、信じてる奴らを見放したりしないだろ?」  レオンの目は真剣そのものだった。普段見られないそのレオンの仕草に、ユウは微かに驚く。 「でも俺は、神様はいると思うのです。俺が今此所に生きているのは、俺が崇める神のおかげですから」  ユウは、静かにそう言った。天使制度を試行するように命じたのは、ユウが日頃崇めている神だ。そして、ユウが此所で生きていられるのは神の存在があるからだ。 「まあ、あくまでも俺の考えだからな」  そう言うと、レオンは話を終わらせようとばかりの大きな欠伸をする。ユウは先程のレオンの言葉の真意を知りたいとばかりに、そっと視線を合わせた。その時だった。 「あっ、頭がっ……」  ユウは急に頭を抱えながら、苦しそうな表情を浮かべる。レオンがどうしたかとユウに尋ねると、ユウは頭痛がするとレオンに訴えた。 「アリスやジュリアを呼ぼうか?」  そう言うと、レオンは寝台から離れユウの不調をアリスやジュリアに伝えようと、ユウとレオンが借りている部屋の戸を開けようとした。 「いえ、もうちょっとで治まりそうなので……」  だが、ユウはレオンが二人を呼びに行くのを拒んだ。頭痛が徐々に治まってきたからだろう。 「頭痛が治るまで、少し横になってます。レオンさん、おやすみなさい」  そう言うと、ユウはレオンに背を向け目を瞑った。その様子を見たレオンは寝台に向かうと、ユウの背中を見据える。 「本当、何が起こるか分かんねえ旅になりそうだ。まあそうなる事を、俺は望んでるけどな」  レオンは小声でそう言うと、寝台に横になりながらため息を吐き眠る為に目を閉じたのだった。  一方、アリスとジュリアは部屋に入るやアリスは戸の近くの寝台に、ジュリアは窓側の寝台の上に座る。  今日の旅の疲れがたまったのだろう。アリスは欠伸する口を手で覆い、枕元に頭を埋めた。また、ジュリアは窓から見える景色を眺めていた。 「ジュリアさんは、景色を見るのが好きなんですか?」  アリスは景色を見るジュリアが気になったのだろう。アリスのその質問に答える為、ジュリアはアリスの方を向く。 「ええ。景色を見ると、とても落ち着くわ。アリスも見てみる?」  ジュリアは小さく笑いながら、アリスの質問に答える。そしてジュリアの誘いにアリスは頷くと、ジュリアのいる寝台の方へ行き彼女の隣りに座る。  窓からはリラ村の景色が見える。また遠くの方には、昼間に行った天使の塔を見る事が出来る。この宿から見える景色は静かな印象を、アリスは受けた。恐らく、ジュリアはこの静かな景色を見るから落ち着くのだろう。 「そういえば、アリスは好きな人を探す為に天使制度の旅に付き添ったのでしょう?」  今度はジュリアがアリスに質問をした。そのジュリアの質問に、アリスは小さく頷いた。  勿論、ユウを護衛する為という理由もあるが、アリスには長年の願いがある。あのライムの森の大火災でアリスを助けてくれた、幼い頃から恋心を抱いていた同じライムの民を探す事だ。 「その人を探すのは無茶な話かもしれません。でも、私は諦めたくないのです。私が慕ったあの人は、何処かに必ずいます。その人に会いたいのです」  アリスの抱いている夢は無謀かもしれない。何しろ、彼の事に関する事を殆ど忘れてしまったからだ。それでも、アリスは会える事を信じ旅立った。 「よほど、その人に思い入れがあるみたいね。アリス、貴方は強いわ」  アリスの強い思いを聞いたジュリアは、微笑みながらそう言った。ジュリアの言葉に、アリスは照れくさそうに笑う。  ジュリアは笑みを浮かべたアリスの顔を見るや、背を向け窓の方を向く。 「私は、貴方が羨ましいのかもしれないわ」  アリスに聞こえるか聞こえないかのような声で、ジュリアは言い放つ。そう呟いたジュリアの表情は、冷静な彼女らしからぬ柔らかなものだった。 「ジュリアさんこそ、拳銃をいとも簡単に扱ってて、格好良くて大人っぽくて私の憧れですよ」  微かにジュリアの声が聞こえたのか、アリスはジュリアの憧れを語る。二つしか違わないのに、アリスにとってジュリアは歳の離れた大人の女性に見えるのだ。 「さあ、そろそろ寝ましょう。明日はリラ山を登り降りし、水の精霊を解放しなくてはならないわよ」  ジュリアはアリスに自分が寝る寝台に戻るように告げた。アリスは一言、「おやすみなさい」とジュリアに伝えると自分の寝台に戻り、布団を自分の体にかけ、目を瞑り眠り始めた。  部屋の明かりをジュリアは消した。そして、アリスの寝息が聞こえるやジュリアは再び窓から見える景色を眺めた。 「私もアリスのように、強い意思を持たなきゃいけないわね。自分の望む未来の為に……」  それだけ言うと、ジュリアは寝台に寝そべり目を閉じた眠りに付いた。  こうして天使制度の旅の初日の夜は、更けていったのだった。
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