第3話 初めての精霊解放

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第3話 初めての精霊解放

 リラ村で朝を迎えたアリス一行はリラ村を出た後、リラ山の細い山道を歩いていた。早朝にも関わらず道の端には植えられている萎れた花達や、既に枯れた花達が、アリス達をリラ山へ迎えた。  リラ山は比較的歩きやすい道だった。歩きやすい山道を大分歩き、セルリアの町が上から微かに見下ろせる所まで辿り着いた頃だろうか。前方にヘビ型のベアスト二匹が飛び出し、アリス達が歩み進むのを邪魔している。  このままでは、セルリアに辿り着けない。先に進む為には、ヘビ達と闘わなくてはならない。 「邪魔だ、邪魔だ! いくぜ、瞬激斬!」  この道を塞ぐヘビ達に苛々していたレオンは、早速剣を鞘から出し剣を構え攻撃にでた。レオンは片方の剣で一気に一匹の蛇の体を突く。突かれた蛇の体力が削られる。 「ファンタジーフォース!」  アリスはファンタジーフォースを唱え、四人の攻撃力、魔力を高めた。アリスは準備が出来た事をユウとジュリアに目で伝えた。 「いくわよ、タイドスナイプ!」 「バースト!」  次にジュリアは敵の足元へ単体射撃攻撃する事の出来る拳銃術――タイドスナイプを、ユウは無属性初級魔術であるバーストを繰り出した。二人のその攻撃にヘビ二匹は怯え始めた。 「止どめだ、ヒートフレア!」  レオンは怯み動かないヘビ二匹を相手に、初級炎術であるヒートフレアを繰り出した。炎球体がヘビ二匹に当たるや、ヘビ二匹はアリス達に恐れをなしたのか慌てて山道の端の草むらへ逃げていったのだった。 「なんとか追い払う事が出来ましたね」  逃げて行くヘビの姿を見るや、アリスは一息安心のため息を吐く。ユウもジュリアも、先を進める事を微かに喜んだ。 「やっぱり、俺様のお陰だな。流石、世界一の剣豪なだけあるな」  最後に止どめを刺したレオンは、鼻を高くするや己を自画自賛した。勿論、その態度に良い気はしないユウはレオンを睨み付け「違う」とレオンに主張し始めた。  止どめを刺したのはレオンだが、アリスは補助術、ジュリアは拳銃術、ユウは無属性の魔術を使って活躍しただろう。  更に言えば止どめを刺したレオンの攻撃は初級炎術だった。剣術では無い。つまり『世界一の剣豪』と今の戦いは無関係だと、ユウは言いたいのだろう。  ユウはレオンを再び鋭い目付きで睨むや、レオンは自分が一番活躍したと駄々をこねる。駄々をこねるレオンに、ユウはため息を吐き再度レオンを睨み付けた。一体二人は何をやっているのだろう。 「いい加減にしなさい、二人共。喧嘩はなしよ」  睨み付けたり駄々をこねたりする二人に、ジュリアは一喝する。一喝されたユウとレオンは、ジュリアの一声ですぐに口を噤む。そんな二人の姿を見たジュリアは早くこの山を降りようと、先を進んだ。 「ユウくん、レオンさん。行きましょう!」  アリスは笑顔で二人の背中を押すと、ジュリアの後を追う。姉を追うアリスの姿を見ると、ユウはアリスの笑顔に少しばかり照れながら、彼女達に付いて行く。 「そういえば、今日は水の精霊を解放しなきゃならねえのか」  ジュリアが立てた天使制度の旅の計画では、今日中に水の精霊の解放を行わなければならない。こんな所でぼやぼや突っ立っていてはまずいだろう。 「おーい、待ってくれよ」  レオンは今日の目的を確認すると、先行く三人に追い付く為、走り出したのだった。  リラ山を越え暫く歩くと、セルリア町に辿り着いた。セルリア町――ビアンコ地方で一番発展した、ビアンコ地方の首都と言っても過言ではない程の大きな町だ。  また水の精霊・アクアが本拠地としているセルリアの洞窟に近いからなのか、セルリア町は水の都と呼ばれている。水の都という二つ名に相応く、住宅区や商業区の間に大きな川がある。また川を下る為の船があり、セルリア町の民達がその船を利用している。 「綺麗な町ですね」  川を覆うように架けられた橋から見た水の都の景色に、アリスは思わず心を奪われる。またユウもレオンも、町の大きさに驚いているようだ。 「さて、観光も良いけど早くセルリアの洞窟でアクアを解放しなきゃ。観光は精霊を解放した後でも出来るでしょ」  ジュリアは、端整な町並みに心を奪われているアリス達三人を急かすように告げた。  シュヴァルツ地方よりも、黒天使よりも先に天使制度の旅を終わらせなければならない。無駄な時間は一分たりとも過ごしてはならない。ジュリアは皆を急かすや、セルリアの洞窟へ向かい始めた。 「姉さんの言う通りですね。俺は黒天使よりも先にこの旅を終わらせなければなりません。姉さん、待って下さい。アリスさん、レオンさん一緒に行きましょう!」  セルリアの町並みを堪能したい気持ちを抑えながら、ユウは姉そしてアリスとレオンに告げた。そして、ユウはジュリアを追いかけ始める。 「ここは白天使様と白天使様のお姉様の言う通りにした方が良さそうだな。俺達は白天使様の護衛だから、天使制度や天使の意見が主でなくちゃならねえ」 「確かに。それに、観光は精霊の解放が終わってからでも出来ますし。レオンさん、二人を追いかけましょう!」  どうやらアリスはどうしても観光がしたいと思っている様だ。それはレオンも同じである。アリスとレオンは互いに顔を見合わせ、相槌を打つと先行くアレンゼ姉弟を追いかけ、セルリアの洞窟へ向かったのだった。  セルリアの洞窟は、セルリア町から南の方角にある洞窟だ。アリス達一行は、精霊・アクアの本拠地を目指した。  アリス達は、セルリアの洞窟の前に立つ。洞窟の入り口には水の渦が、アリス達を洞窟に入らせまいと道を塞ぐ。恐らく一般の民が洞窟――特に祠を荒らさないように、精霊の力で入り口を水の渦で塞いでいるのだろう。 「この水の渦は、俺が身に着けている宝珠の力で消す事が出来ます」  そう言うと、ユウは首にかかっている宝珠の首飾りを外し、水の渦の前に突出した。すると、宝珠から白い光が放たれる。白い光が消えると、水の渦は消え洞窟へ入る事が出来るようになった。 「すっげえな、その宝珠!」  と、水の渦を消した宝珠の力に驚いたレオンはユウの持っている宝珠に触れようとした。勿論ユウはその手を遮り、触らせまいとすぐさま宝珠を首にかける。 「さて、行くわよ」  ユウとレオンのそのやり取りにため息を吐き、早く行こうとばかりにジュリアは皆を促すと、さっさと洞窟の中へ入っていった。どうやらジュリアは精霊を解放するのを早く終えたいのだろう。 「そういえば、水の精霊様ってどんな方なのでしょうか?」  ふと、アリスは水の精霊・アクアがどんな姿なのか疑問に思った。精霊は普段、一般人に姿を見せる事はない。精霊は、楔の園という場所で楔を伝って流れるマナを管理するという責任を負っている。そうやすやすと一般人の前に来る事はない。  見せるとすれば、精霊を解放する天使と天使の護衛達、今は失われているがシュヴァルツ地方の異民族・ツツジの民の中から選ばれた召喚技術を持つ者、そして召喚士と共に精霊と契約する為に協力する者だけだろう。 「俺が学んだ天使学では、水の精霊・アクア――に限らず、精霊達は女の人の姿をしていると聞いています」  天使学で学んだ知識を、ユウは披露する。するとその話を聞いた途端、アリスは目を輝かせる。そして、今から精霊を目にする事が出来ると喜んだ。 「ふーん。まあ、ここで立ち話もアレだし、ジュリアはとっとと洞窟の中に入っちまったし俺らも追いかけるか」  三人は先を行くジュリアを追いかける為、アリスそしてユウとレオンは精霊を解放する為に早足でセルリアの洞窟の中へ入っていったのだった。  アリス達がセルリアの洞窟に入るや、奥の方から水のせせらぎが聞こえる。恐らく、水の精霊・アクアの影響だろう。水が流れる心地よい音に、アリスを始め皆は心が洗われた気分になる。  心地の良い音に沿って歩み進んでいくと水流の音がどんどん近くなり、ついに通路に沿った小さな川を見る事が出来た。  川に沿って幾分か歩くと、祠と天使の塔で見た映像機、水流に囲まれた清楚で優しそうな表情をした水色の長い髪の女性の大きな絵が目に映る。ユウの話によると、此処がセルリアの奥地で精霊を解放する場所のようだ。 「それでは精霊を呼びますね」  ユウはそう言うと祠に近付き手を組む。そして、その場に跪いた。そして目を瞑り、精霊を呼ぶ為に叫ぶ。 「我は白き地の救世主、ユウ・アレンゼ。水のマナを守護するアクアよ、姿を現せ!」  ユウの叫び声がセルリアの洞窟を制した。すると祠の上に青色の光が、洞窟を明るく照らす。その光の中から、水色の長髪の女性――目の前にある絵に描かれている女性に似た者が、水流と共に現われた。 「私はアクア。水のマナを守護する者です」  女性は祠の前に立つと、優しい声色で名を名乗った。水の精霊の麗しいそして何処か可愛らしい姿に彼女を呼んだユウ、そしてアリスは思わず心を奪われたのか、息を飲む。 「貴方が今回の天使制度の使者ですね」  アクアはユウを見据えると、優しい表情でそう言い放った。前回の天使制度から百年の月日が経つ。天使を見るのは太古から生きる精霊としては、ほんの少しだけ久し振りの事だろう。ユウが頷くのを見たアクアは両手を胸に置くと、再び話し始める。 「ユウ、それから天使の護衛の方。今から私と力比べをして頂きます」 「力比べ?」  間の抜けた声で、レオンはアクアに聞き返す。レオンのその反応に、ユウはため息を吐いた。レオンの抜けだ声を精霊に聞かれたのが、ユウは嫌だったのだろう。しかし、天使学を知らないレオンにとっては当たり前な言葉ではある。 「確か、精霊に力を認めてもらわなければいけないのではないかしら?」  ジュリアがアクアにそう確かめると、アクアは微笑みながら頷いた。つまりジュリアとアクアが言うには、精霊を解放するには精霊に力を認めてもらわなければならないという事になる。 「ジュリアさん、詳しいですね」 「ユウが天使学などを勉強する時、一緒に勉強をしていたから、他の一般人よりは知識があるわ」  ジュリアの天使制度の知識に、アリスは思わず驚いた。アリスの驚いた顔を見るや、ジュリアは弟が天使学を学ぶ時に付き添って勉強をしていた事を明した。 「取りあえず、お前と闘わなきゃいけねえのか!」  精霊の解放が力を試す物だと知ったレオンは、アクアにそう言いながら鞘から剣を取り出す。アクアは「その通りです」と応じるや、両手を掲げる。 「それでは、武器を構えて下さい。白天使――ユウ・アレンゼ、貴方が天使制度の使者に相応しいか試させて頂きます」  アクアは掲げた手から青い光を浮ばせる。その光から大量の水流が現れ、アクアを包んだ。  その光景に思わずアリスは杖を持ち構え、ジュリアは拳銃を取り出す。ユウは魔術を詠む準備をし、レオンは剣先を水の精霊に向けた。精霊に力を認めてもらう――彼女と闘う用意は出来ている。 「ファンタジーヴォイド!」  アリスは杖を掲げると、補助技を詠んだ。ファンタジーヴォイドとは防御力を一定期間上げるライムの民専用の技だ。これで体力が削られにくくなる。 「瞬激斬!」  補助技で防御力が上がった状態で、レオンは瞬激斬を放つ。瞬激斬とは片方の剣で一気に突く攻撃技である。 「行きます、ティアウォーター」  レオンの剣術に負けじと、アクアは初級水術を詠みあげた。水の精霊が詠んだ魔術は、レオンを目掛け水鉄砲を吹きかけた。アクアの攻撃に、レオンは思わず痛手を被る。 「アクアは水の精霊。炎属性のレオンにとって、苦手な相手になるわね」  炎属性は水属性に弱い。つまり、炎属性のレオンにとってアクアの放つ魔術は弱点なのだ。ジュリアは冷静に、今の戦闘状態を見極めている。 「バースト!」  姉の説明の横で詠唱をしていたユウは、重力を使った無属性の魔術を詠みあげアクアを攻撃する。重力を奪われたアクアは地面から浮かぶや、無属性の魔術の呪縛から解き放たれるのを耐え忍んだ。 「姉さん、水は電気を通しやすくしますよね? つまりアリスさんの雷術と姉さんの水術が合わされば、この力比べに勝てると思いませんか?」  水属性の弱点は雷属性だ。アリスは雷属性で彼女の魔術を前面に押し出せば、見事アクアに力を認めて貰えるかもしれない。更にジュリアの詠む水術が加われば、アリスの強力な雷術が更に強くなるだろうとユウは姉に説明した。 「タイドスナイプ!」  ジュリアは拳銃技をアクアに打つ。タイドスナイプとは、敵の足元へ単体射撃攻撃で一定期間怯ませる技である。ジュリアの攻撃にアクアは怯んでいる。その光景を見たジュリアは、ユウの意見に納得しアリスに話し掛ける。 「良い考えね。ならば、アリス。私が最初に水術を詠むから、アリスはその後私の詠んだ水術を包む様に雷術を発動してくれない? ユウ、レオンは少しでも良いからアクアの体力を削っておいてくれないかしら?」  ジュリアの説明する作戦に、アリスは頷く。ユウは分かったと言い、レオンはジュリアに笑ってみせた後、剣を再び構える。 「バラードエイド!」  アリスはバラードエイドを詠み、レオンの体力を回復させる。バラードエイドとは一人の体力を中回復する回復術だ。 「魔術を詠む間の時間稼ぎとさせてもらうぜ。連続斬!」  レオンはアクアに向かって、両手に持っている剣で数回アクアを突いた。しかしアクアはその攻撃を躱す。 「初級光術、ライトシャイン!」  レオンの攻撃を避けたアクアを、ユウは逃がさない。一筋の光がアクアを刺した。 「アリスさん、姉さん!」  ユウが二人の名前を呼ぶと、アリスとジュリアは顔を見合わせた後、アクアの方を向き詠唱の続きを詠む。そして最後の節を詠み終わると、二人は一斉に魔術を放つ。 「初級水術、ティアウォーター!」 「いきます、エレキボルト!」  アリスとジュリア、二人の魔術が絡み合いアリスの詠んだ雷術――電流が、ジュリアが放った水術――水飛沫を包む。そして水流と電流の二つの属性魔術が見事に合わさりアクアに食らわせる。二人の魔術攻撃がアクアを痺れさせる。 「まだまだ終わりません、バブルウォーター!」  アクアは息を切らしながら、中級水術を詠んだ。泡がアリス達の視界を悪くさせる。アクアは体力が無くなった事を隠そうとするのか、悪足掻きを始めたのだろう。だが、アリス達の攻撃はまだ終わってない。 「もう一回、エレキボルト!」  アリスは再び初級雷術を読み上げた。雷術は水の精霊であるアクアの弱点だ。アリスの雷術がアクアの体力を大きく削ったのか、アクアは地べたに座り込む。そしてアクアはそっとため息を吐くと、ゆっくり立ち上がった。 「分かりました。貴方達の力を認めましょう」 「認めて、もらえるのですか?」  ユウは半信半疑でアクアに尋ねる。自分達はアクアに認めてもらったのだろうか。すると、アクアは無言でユウの問いに頷いた。 「ユウ・アレンゼ、祠の前へ」  アクアはそう言い、ユウが祠の前に来て欲しいと答える。ユウは「分かりました」と告げると、祠に近付いた。  ユウが祠に近付くや否や、アクアは手を掲げ青色の光をユウに浴びせた。するとユウの背中にある白い羽根が姿を現し、羽根を羽ばたかせて地上へ上がるやユウの体を青色の光が纏う。そしてユウの胸元にある宝珠の色が、白から青へと変わった。 「私――水の守護精霊は、貴方達白天使と白天使一行を認めます」  ユウを纏っていた青色の光が消えたのを見届けたアクアはそれだけ言うと、アクアは手を胸に置くや水流を起こし、その場から消えていったのだった。 「水の精霊・アクアを解放しました。アリスさん、そして姉さん、レオンさん。協力して下さりありがとうございました」  地上に降りたユウはアリス達に深々と頭を下げた。一人ではアクアに立ち向かう事など出来なかっただろう。ユウは三人に安堵した表情で礼を述べた後、アクアが描かれている絵を見据えた。  その時だった。映像機から金髪の老いた男が姿を現す。金髪の老いた男――天使の旅を案内するセラビムは、ユウの首にかかった宝珠の色が青色に変わっているのを見る。そして、ユウを真っ直ぐ見据えた。 「白き地の救世主、ユウよ。よくぞ水の精霊・アクアを解放してくれた」  映像機に映るセラビムは、ユウにそう言うや微笑んでみせた。セラビムの笑みにユウは少しばかり照れながら頷き応じた。そのユウの表情を見たセラビムはすぐに真剣な表情に変え、伝える。 「さてと、ユウ・アレンゼ。次の精霊の解放の場所は、カーマイン島にあるカーマイン火山だ。そこで、炎の精霊・メルトを解放するのだ」  セラビムはそう言うと、再びユウを見据えた。そのセラビムの目差しに、ユウは少し緊張した様子でセラビムと視線を合わした。 「必ずや、カーマイン火山へ行き炎の精霊・メルトを解放します」 「うむ、期待しているぞ」  ユウの力強い言葉に、セラビムは頷くと映像機から姿を消した。ずっとセラビムを憧れとしていたユウは、ふうとため息を吐いた。そしてゆっくり羽ばたかせていた白い羽根をしまう。緊張の糸が途切れたのだろう。安堵の表情を浮かべていた。 「次は、カーマイン島へ行かなければならないのですね」  カーマイン島――セルリアから南の方角にあるビアンコ地方、最南端の島だ。今いるセルリア町とカーマイン島はかなりの距離がある。 「カーマイン島へ行くにはビアンコ運河を渡り、シトラス港町でカーマイン島行きの船に乗るべきね」  ジュリアは淡々と、次の精霊・メルトがいるカーマイン島へ行く為の計画を考えていた。  カーマイン島へ行くには、ビアンコ運河という大きな川を下り、シトラス港町で船に乗ってカーマイン島を目指さなくてはならない。一番早くカーマイン島に行く方法は、シトラス港町に泊まっている船に乗る事だ。その船に乗り、カーマイン島へ向かう。それがジュリアの考えた計画だ。  天使制度の旅の計画は決まった。カーマイン島へ行く計画が決まると、ジュリアは早くセルリアの洞窟を抜けようと精霊を祭っている祠を後にした。 「カーマイン島へ行くという事は、船旅ですよね。私は船酔いしないか心配です」  アリスにとって、船旅は初めての経験になる。初めての経験に、アリスの心は心踊るような嬉しさと、船酔いで辛い船旅になるかもしれないという不安でいっぱいだった。 「俺は早くカーマイン島に行きたいです。こうしている間、黒天使が俺よりも先に精霊を解放していってるかもしれませんし……」  おおよそ同じ頃に旅立ったであろう黒天使は、今何をしているだろう。もしかすると、次々と精霊を解放しているのではないだろうか。早くカーマイン島に行きたいのは、ユウの焦りからなる願いだ。  だが、今日はリラ山を下山し水の精霊と力比べをした。体力は万全ではない。今日はセルリアの町の宿に泊まろうと、ユウは思ったのだった。  アリスとユウは先を行くジュリアを追いかけようと、祠を後にした。その時だった。 「次の精霊がいる場所は、カーマイン島か……」  アリスとユウが、セルリア町に向う為の一歩を踏み出した時だった。レオンは元気の無い声で呟く。 「レオンさん、一体どうされましたか?」  アリスは元気の無いレオンに、声をかけた。するとレオンは、はっとするやアリスやユウの方を向く。 「何でもない、何でもないから! さあ、宿に向かうぞ!」  アリスにレオンはそう応じ、大袈裟に笑ってみせる。そして祠から離れ、ジュリアを追いかけようと歩き出した。 「あのレオンさんが、元気が無いだなんて」  いつも明るいそして何処かおちゃらけた性格のレオンとは違った表情を見るや、ユウはレオンの表情に疑問に思った。それはアリスも同じく思った事だ。  アリスとユウはレオンの普段見せない表情に疑問を浮べながら、レオンそして先を歩くジュリアの後を追ったのだった。  セルリアの洞窟を抜け、アリス達はセルリア町へ向かった。セルリアに着くや、アリスとユウは水の都の綺麗な景色に再び心を奪われた。  セルリアの地に流れる川の水面に、西日が映っている。その光景にアリスはうっとりせずにはいられなかった。またユウも水の都と呼ばれるセルリアの情景にときめいた。 「ユウ、アリス。まずは宿へ行くわよ」  既に観光をし始めている二人をジュリアは呼び先を急ぐよう言い聞かせ、宿へ向かう。もう夕暮れだ。宿の予約をとらなければならない。アリスとユウは分かったと返事をした。そして、背後でため息を吐いているレオンの腕をアリスは掴むとアリス、ユウ、レオンの三人で先行くジュリアを追いかけたのだった。  セルリア町にある宿は昨夜泊まったリラ村の宿よりも、数倍大きな宿だった。流石、ビアンコで一番大きな町の宿である。  アリス達が宿の大きさにびっくりしている間に、ジュリアは宿主に部屋を二つ借りたいと相談を始めた。宿主はユウが白天使だという事をジュリアから説明を受けるや、無料で二部屋借りる事を承諾した。 「部屋は借りたわ。さてと、折角セルリアに来たのだから水の都の観光なんてどう?」  夕食までまだ時間はある。それにこの町に来た時、アリス達がセルリアの町を観光したいと言っていた。ジュリアは夕食までの時間を、アリス達三人にセルリア町の観光に使うよう提案をした。 「それじゃ、私は一人で観光をしてくるわね」  ジュリアはそれだけ言うと、一人で観光する為に宿から出た。宿にいるのはアリス、ユウそしてレオンだけになった。 「ようやく観光が出来ますね」  この町に来た時から観光をしたいと思っていたアリスは、観光が出来る事を喜んだ。それは先程、水の精霊・アクアとの力比べでの疲れが吹っ飛ぶぐらいだ。 「アリスさんは、何処へ観光に行きたいですか?」  ユウの問いに、アリスは考え込んだ。考えこむのは他でもない。セルリアの町そのものが観光地なのだ。セルリアの町並みや、セルリアの中心部にある巨大な噴水、川を跨ぐように設置された橋、橋から見た景色――どれも見てみたいとアリスは思っていた。 「そうだ、アリス。セルリアの岬って知ってるか?」  アリスが何処を観光しようか迷っていた時だった。レオンはセルリアの町から少し離れた場所にある、セルリアの岬をアリスに勧め始める。 「セルリアの岬は、恋愛スポットとして有名でしたね。確か、その岬にある石碑に自分と好きな人の名前を刻むと恋が実るという噂があります」  セルリアの岬は恋に悩む者が恋愛成就の為に訪れ、石碑に自分と好きな人の名前を書くと、好きな人と結ばれるという噂の場所だ。恋に悩む人々には絶好の観光場所になるだろう。 「セルリアの岬、一度訪れたいと思ってました。私も女なので、こういう場所に行ってみたいです」  ユウの話を聞いたアリスは、恋愛スポットであるセルリアの岬へ行きたいと思い始めていた。 「そんじゃ、俺とアリスとユウでセルリアの岬に行こうぜ。観光はセルリアの岬に決定だな。二人共良いか?」  レオンがそう聞き返すと、アリスは大きく頷いた。恋愛スポットとして有名な場所に行くからだろう。アリスは目を輝かせた。 「アリスさんが行きたいなら、付いて行っても良いですよ」  一人になるのが嫌なのか、アリスと行動したいのか、ユウもアリスやレオンと一緒にセルリアの岬に行くと決めた。  こうして、三人はセルリアの岬へ観光をしに行く事になったのだった。  セルリアの岬はセルリア町から東の方角にある。セルリアの町を離れて数十分程歩くと、アリス、ユウ、レオンの三人はセルリアの岬に到着した。  セルリアの岬は草むらに囲まれた、長閑かな雰囲気な場所だった。また微かに水音が聞こえる。これも恐らく精霊・アクアの影響だろう。  また、岬の先に建てられた大きなハート型の石碑がある。これが恋愛スポットの要なのだろう。石碑には沢山の名前が刻まれている。流石、恋愛成就すると噂されている石碑である。  アリスはセルリアの岬に到着するや否や、石碑に刻まれている名前達を見た。此所に名前を刻んだ者達は、恋が実ったのだろうか。アリスは石碑を指で触ったり、刻まれた名前を黙読したりした。  一方、ユウは岬の入り口でアリスの行動を見ていた。ユウはどうやら、アリスと一緒に石碑を見たいようだ。少しずつ少しずつアリスに近寄る。 「おい、ユウ。ちょっと耳を貸せ」  そんなユウに、レオンは少しばかり表情をニヤけながら話しかける。ユウが「何ですか」と聞くや、レオンは口元を再びニヤけさせながらユウの耳元に顔を近付けた。 「お前、この素晴らしい恋愛スポットでアリスに告白したらどうなんだ? あ、そうだ。石碑にお前とアリスの名前を刻んでも良いんじゃねえ?」  くすくすと笑いながら、レオンはユウに話した。レオンの言葉に、ユウは少しばかり頬を赤らめる。 「ほらほら、二人共仲良く石碑を見ろよ」  レオンはそう言うと、ユウの背後に立ち肩を掴む。そして、後ろからユウを無理矢理押し、アリスに近付けさせる。ユウは抵抗したが、レオンの力には敵わなかった。そしてアリスとユウが肩を並べるのを見届けたレオンは、数歩アリス達から離れる。 「ユウくんも、このハート型の石碑を見ますか?」 「そっ、そうですね。見ても良いですよ。折角の観光なんですから」  レオンの勝手な行動に、腹を立てたユウだがアリスが話しかけると、ユウは満更でもない様子でアリスの隣りに行き、石碑を見る事にした。 「そんじゃ、二人共。二人で仲良く観光しとけよ!」  レオンはアリスとユウの二人にそれだけ言うと、くるりと後ろを向くや、セルリアの岬の石碑を背に歩きだした。 「レオンさんは観光しないのですか?」  折角三人で来たのに、何故レオンはセルリアの岬を堪能せずすぐに帰ってしまうのだろう。そもそも最初に此所へ来る事を提案したのはレオンだ。疑問に思ったアリスは、レオンに尋ねる。 「俺は他の所を観光しに行くだけだから。まあ気にしないで、二人はセルリアの岬を観光してなって。そんじゃ、ユウ。頑張れよ!」  レオンは振り返りながらそれだけ言うと、足早にセルリアの岬を立ち去った。アリスとユウはそんなレオンの行動を不思議に思いつつも、観光を堪能しようと石碑を眺め始めたのだった。 「それにしても、沢山名前が刻まれていますね」  ユウの身長程の大きなハート型の石碑には、沢山の名前が刻まれている。恐らく、名前を刻んだ者は恋を実らせたのだろう。恋愛スポットとして名高いのは、恋を実らせた実績があるからだ。 「ここに名前を刻む事が出来た人が、本当に羨ましいです」  アリスは石碑に刻まれた名前を指でなぞりながら、元気の無い声でそう言った。そう告げたアリスの表情は、曇りかかっていた。 「私はここに名前を刻む事が出来ません。私が慕っていたあの人の名前を、私は忘れてしまったから……」  そう言ったアリスは、今にも泣きそうだった。ライムの森の大火災さえなければ、アリスは慕い人の名前を覚えていれた。もし覚えていれば、この石碑に刻む事が出来る。  だが思い出そうとしても、浮ぶのはその慕い人と過した思い出で、思い出とは言っても何も特徴の無い、真っ黒い姿の少年と幼いアリスの思い出だけだ。真っ黒い姿の少年はアリスが恋慕う人だろう。 「アリスさん……」  アリスの切ない表情を見るや、ユウはそっと下を向いた。アリスの慕い人への強い思いを聞く度、自分の恋は叶わない物だと実感しなくてはならないからだ。アリスを慕うユウは思わず顔を俯いた。 「でも、きっと会えますよね。あの人は何処かで生きてるって知ってる。だから、絶対会いたい」  アリスには、慕い人に会いたいという夢がある。だから、ビアンコ地方を巡る事の出来る過酷な天使制度の旅に、護衛として付き添う事が出来るのだ。  そのアリスの強い意思に、ユウが魅かれてしまうのも事実だ。だから、ユウは叶わない恋心を封印しアリスに接する事が出来る。 「ユウくん、ごめんなさい。弱音みたいな事を言ってしまって」 「気にしないで下さい。誰だって弱音を吐くものですよ」  アリスはそっと微笑みながら、ユウに謝った。ユウは慌てて顔を上げるや気にする事はないとばかりに、笑顔で言った。  そのユウの言葉に安堵したアリスは、再び石碑を眺めた。石碑を目に焼き付くように見たアリスは振り返り、セルリア町の宿に戻ろうとユウに声をかけようとした、その時だった。 「うっ……、ごほっ、ごほっ……」 「ユウくん?」 「気持ち悪い、です……」  突然、ユウが屈み口を手で押さえながら苦しそうな表情を浮かべている。 「ユウくん、大丈夫ですか?」  ユウのその様子を見たアリスは、直ぐさまユウに駆け寄った。ユウの顔は青ざめている。口を押さえている事から、ユウはどうやら吐き気に襲われているようだ。 「大丈夫、です。草むらで、吐いてきます……」  ユウはアリスに苦しそうにそう告げると、側に植えられている草むらの方へ向かう。足取りがおぼつかない様子を見て、アリスは側にいる事を申し出たが、ユウはそれを拒否した。草むらで吐く物をアリスに見せたくなかったのだろう。アリスをセルリアの岬に残したまま、ユウは草むらへ向かったのだった。  セルリアの岬に一人残されたアリスは、心配そうにユウが向かった先を見据えた。先程まで元気だったのに、いきなりどうしたのだろうか。何故ユウは吐き気に襲われたのだろうか。アリスは不安に駆られた。 「やっぱり、ユウくんが心配です」  不安が頂点に達したアリスは、やはりユウを追いかけようと草むらの方へ向かった。その時突然、草むらが囁いた。アリスはその音に驚いた――丁度、その時だった。 「捕まえたぞ、白天使!」  ユウがいる場所とは違う方向の草むらから出てきた見知らぬ男に、いきなりアリスは腕を掴まれた。見知らぬ男に腕を掴まれたアリスは、一瞬何も考える事が出来なかった。それを良い事にその男はアリスの腕を引っ張りながら、石碑の前まで無理矢理連れて行く。 「貴方は、まさかサースクロス?」  アリスは男に尋ねるや、男はただニヤリと笑みを返しただけだった。確かにサースクロスの団員らしく赤い服を着ている。アリスは確信した。この男はサースクロスの一味だ。  何処か癪に触るサースクロスの笑みに、アリスは懸命に男から離れようとする。だが大人の男の力には叶わないのか、アリスの行動は無駄となった。 「白天使、大人しくしていろ」  サースクロスの団員はそう言うと、突然詠唱を始めた。団員の詠唱のせいなのか、ハート型の石碑の前に魔方陣が描かれ始める。 「放して下さい! それに私は、白天使じゃな……」  アリスは、自分が白天使ではない事を告げようとした時だった。ユウが草むらの方から出てきた。もしアリスが白天使では無い事を告げれば、ユウが捕まってしまう。白天使を護衛するのは、この旅に課せられたアリスの使命だ。もし自分は白天使では無いと伝えれば、ユウが襲われてしまう。  天使の護衛はサースクロスなどから天使を守る役目がある。だから、アリスは自分が白天使では無い事を言えなかった。 「アリスさん!」  尋常ではない事態に、ユウは非常に驚いていた。何故、アリスは男に捕まっているのだろうか。  男が洗礼前夜、自分を護衛する兵士を襲った時と同じ赤い服を着ている事から、彼はサースクロスだという事をユウは理解している。  だが、男に捕まっているのは自分ではなくアリスだ。一体何故白天使である自分ではなく、アリスが捕まっているのだろうか。 「転移術!」  サースクロスの団員がそう呟くと、描かれた魔方陣が光り魔方陣が虹色に光った。そして虹色の光と共にアリスとサースクロス団員は、その場から消えてしまったのだった。 「アリスさんっ!」  サースクロス団員と一緒に消えたアリスの名を、ユウは叫ぶ。しかしユウの声は、アリスに届かなかった。ただ声は空に届いただけだった。  ユウは今の状況を落ち着かないまま、把握し始めた。まずアリスは白天使と呼ばれ、サースクロスに捕まった。本物の白天使である自分に、サースクロスは見向きもしなかった。  魔方陣が消えていく。ユウはこの魔方陣が転移術――指定の場所に移動する事が出来る術だという事に気付いた。つまり、アリスは何処かに飛ばされたという事になる。もしかすると、サースクロスの基地に飛ばされたのかもしれない。 「アリスさん……」  ユウは力の無い声で彼女の名前を呟く。必然と込み上げてくるのは、助けに行かなければならないという気持ちだ。彼女をサースクロス団員の手から助けなければ。  ユウはアリスを助けに行くと誓った後、アリスがサースクロスに捕まった事をレオンとジュリアに伝える為、セルリアの岬を後にしたのだった。
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