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「ねえ、どうしてここに来たの?」
手を引きながら、ちらりと伺うように私を見たのがわかった。
「どうしてって聞かれても……気が付いたらここにいたからわからないよ。私が聞きたいくらい。ここはどこなの?」
いくら夢にしたって、生まれてこのかた訪れたことのない場所である。夢は記憶の整理に関わってるとかなんとか聞いたことがあるが、それじゃあ果たして記憶にない場所はどこから引っ張ってきているのだろう。
「ぼくも知らない」
「えっ、そうなの?」
如何にも現地民のような風体で歩いていたラウの答えに、私は驚きを隠せなかった。
「ぼくはここで生まれ育ったけど、ここの名前は聞いたことないんだ。みんなただ“雲上”って呼んでる」
そのままだ。たしかに、それじゃあ名前とは呼ばないかもしれない。
「おねえさんは地上から来たんでしょ? どんなとこ? ぼく、地上に行ったことないんだ」
ラウは少し歩みを緩めて私の隣へ並んだ。横から見上げられるというのは新鮮だ。ラウの虹彩は真上にある空よりも澄んでいて、風に靡く稲穂みたいな金色をしていた。
「う~ん、ここよりはずっとゴチャゴチャしてる。人も物も多いし」
「そっかぁ……早く大きくなって、ぼくも行ってみたい」
そう言ってラウは少し拗ねたような顔をした。ここで生まれ育ったと言っていたが、ラウは何の生き物なんだろう。改めて自分の夢の設定がおかしいと認識した。
それからラウは地上のことをもっと聞きたがった。私が答えられるのは知っていることだけだったし、自分の生活についてがほとんどだった。にもかかわらず、ラウはずっと目をキラキラさせながら聞いてくれた。自分の話をここまで熱心に聞いて貰ったことはあっただろうか。
いちいち新鮮そうにリアクションを返すラウに気を良くした私は、すっかりラウを気に入って可愛いと思い始めていた。
気温が感じられればきっと春のような陽気なのだろうと思いながら、ゆっくりと雲を足でかき分けながら進んだ。
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