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白になった黒猫
ぼくがクロタを家に迎い入れたのは今年の春のことだった。
家に着くと、飼い主の人から貰った持ち運びのケージからなかなか出てこなかった。ぼくはじっと待つのを止めて、ソファーに座って読みかけの本に手を伸ばし、読み始めた。しばらくすると横になり、いつの間にか眠りに落ちていた。
ぼくが目を覚ました時には、左肩のところでクロタは寝ていた。まだ短いしっぽを体にぴたりとくっつけて香箱座りで眠っていた。その小さな前脚は口元を隠すようにして、少し重ねていた。まるで神様に祈るようにも見えた。
ぼくとクロタを出会わせたのはスーパーにあった里親募集のチラシだった。
動物を飼ったことのないぼくには難しいと思い、最初はあきらめた。
ぼくがペットを飼うには条件は申し分なかった。両親の知り合いから貰った一軒家で暮らしているし、そろそろ一人でいるには寂しいかなって思った。
でも正直のところ、外に働きに行っている身としては動物に不自由をさせることになる。
ぼくはそそくさとスーパーを後にした。
また休みの日にスーパーへ行く。
ふと、あのチラシに目がいく。三匹の子猫の写真。その中のに二匹は「里親決定」と書かれていた。残る一匹。それはオスの黒猫だった。緑の瞳の黒猫は隅っこにいてじっと見つめている姿はその日、ベッドに着くまで脳裏に焼き付いた。
次の日、会社の帰りにはぼくはチラシを前に記載されている電話番号へ電話を掛けた。
「―あ、あの夜分遅くにすみません」
この時、ぼくはその黒猫の名前は「クロタ」にしようと思った。
クロタは大人しく、あまり鳴かない猫だった。
けど、日々成長していく姿は可愛らしく、ぼくはクロタをなでたりしているだけで心穏やかになった。
夏には庭を散歩させたりした。
クロタはどこか行ってしまうかと思った瞬間は何度かあったが、必ずぼくの目の前に帰って来る。
今日はお土産に雀を銜えていた。
異変は秋に起きた。
休日の朝、ふと目を覚ますとクロタがいた。そのクロタの目と目の間の毛が白くなっていた。
どこか悪いのか、と思ったが食欲もありいたって元気だった。
でも、そのことが気がかりで一日中考えていた。
猫との二人暮らしの生活に変化が訪れたのはちょうどこの頃だった。
ぼくは一人の女性と付き合い始めた。
彼女は表情や声、性格も目には見えない柔らかさが好きになった。
ぼくらの出会いはささやかなことからだった。
彼女は家の近くにあるアパートに住んでいて、ゴミ捨てのところや、スーパーでの買い物、帰り道など見かけることが多く、それとなく声を掛けたら、親しみやすさを感じた。
何度か食事に行き、暖かい時間を過ごした。
けど、ぼくの心配は消えることはない。
クロタはもう顔が真っ白で首からしたが真っ黒。
ぼくはクロタを撫でた。
ゴロゴロと喉を鳴らして、嬉しそうにしているが夜の窓に映るぼくの顔は老けているように見えた。
冬になる頃にはクロタは真っ白になってしまった。
それでも食欲は落ちていない。
彼女もクロタを心配してくれた。
動物病院へ行ってみるか、考えたが、クロタが家から出るのを拒絶した。
彼女は家でデートに文句を言わなかった。
また春が近づいて来た頃
ぼくは熱を出してうなだれていた。
その時、クロタはぼくの左肩のところで大きくなった体にぴたりとしっぽをつけて、前脚は口元を隠すような…そう、祈るように見えたんだ。
ぼくは意識が遠のいた。
(…ぼくは神様にずっと願ってたんだ…)
…何を?
(ぼくの好かれない毛色でずっと嫌われていた。母もぼくを可愛いとは思わなかった、ぼくはずっと誰からにも必要とされない、可愛がってもらえないと思っていたんだ。だから、神様に願ったんだ。ぼくを必要としている場所があるなら、一生懸命役に立つようになります。だから、優しさをくださいって)
あんあに小さかったのに、そんなことを考えていたのかい?
(…うん。でも、あなたが見つけてくれた。だから、神様にお願いしたんだ。あなたが幸せになれますようにって)
ぼくはクロタと暮らせて嬉しかった。
(…よかった。でも、それだけじゃないんだ。ぼくはあなたには家族が必要だと思って、願ったんだ。ぼくの黒色を引き換えに)
…どうして黒を捨てたの? ぼくたちは家族なのに…
(…ぼくは体が弱かったんだ。あなたを一人にしたくなかったんだ…そして、あなたを悲しませても、最後まで一緒にいたかったんだ)
…クロタ、冷たくなってきたよ。
(…うん。ぼくの代わりに、彼女の中のトクトクする音を大切にしてね)
ぼくが目を覚ますと白く丸くなったクロタが眠るようにぼくの隣にいた。
今年の秋は新しい命と共にやって来た。
* * *
ぼくが一人で暮らしていた家は
一匹の黒猫が着て、今はいないけど…
黒髪の女の子が庭でかけまわる、暖かな暮らしをしている。
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