君の後頭部

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1月10日、5時限目。 いつもの見慣れた教室で、太陽の光に照らされやわらかくキラキラしている君を見つめている。 いつどこを好きになったかなんて覚えてないし、本当に好きなのかなんて問い詰められれば素直に頷く自信もないけれど、今受けてる数学の授業よりは好きだな、と思う。 キーンコーンカーンコーン、とチャイムの音が頭にひびく。 気がついたら放課後になっていた。僕は先ほどまでと変わらず教室の机に座っている。 けれど、僕以外には誰もいなくなっていた。 外はまだ明るい。「ワン」犬の鳴き声が聞こえた。 「ん?ワン?」横を見ると大きなゴールデンレトリバーが従者のような凛々しさで僕の隣におすわりしている。 「なんだ、ジローじゃないか。」 僕の愛犬だった。はて、学校に連れてきた覚えはないのだが。 僕が呆気にとられていると、ジローは急にどこかへ走り出した。リードはつけていなかったので慌てて追いかける。 やっと追いついたところで目の前に人影が現れた。顔を上げると君がいる。 君は「可愛いな」と言ってジローの前にしゃがみ込み、「名前は?」首を傾げながら問う。 「ゴンジローだ。皆はジローと呼ぶ。」 何故かジローが答えた。なんだジローお前喋れたのか? 「ふふっいかついな。ジローってことは先代がいたのか?」 君が、今度は僕をみて僕に問う。 口の中が渇くのを感じながらもごつく口で無理やり喋った。 「僕のじいちゃんの名前が権太郎なんだ。そのじいちゃんが拾ってきたからゴンジロー」 「ふぅん」 ちいさく笑って、君がジローを撫でている。このまま見つめていると眺めていると心臓が止まってしまいそうだ。 ふいに君が立ち上がって、僕の目を見る。 いつもは僕よりも背が高い君を、今は見下ろしている。 「わんっ」 ジローが吠えた。 君が少し背伸びして、僕にキスをした。 次の瞬間、目の前に広がる景色は浴衣姿を着た沢山の人々だった。 そうだ。僕はみんなと夏祭りに来てたんだった。僕と、君と、僕らが所属する生徒会の面々が揃っている。 僕は白地に大きなひまわりが沢山咲いた浴衣を着ている。オレンジの帯が後ろでリボンの形に結われていた。 少し離れたところを歩く君は紺の甚兵衛を着ていた。僕は女の子で、君は男の子だ。 気付けば斜め前に君がいて、なんだかこちらを気にしている。チラリとこちらを窺いながら、そっと僕の隣に並んだ。 そのことがなんだかくすぐったく、身体は緊張で不自然な動きになる。 横目で見るとやっぱり君の方が背が高くて、黒髪はサラサラとして君の横顔を隠している。 人がごたついてる夏の夜のなのに、なんだか澄んだいい匂いがしていて、君はたぶんもしかして僕のことを好きでいてくれてるのかなと思った。嬉しくなった。 再び目の前の景色が変わる。 君は一国のお姫様で僕はしがない使用人だ。 城の中をバタバタと使用人が走り回っている。今日は君の結婚式の日だ。 相手は僕ではない。隣国の格好良い王子様である。 君が僕のことを好きでいるなんて本来ならばあり得ないのだ。 僕は今、君の控え室の前にいる。中にはドレスアップした君がいるはずだ。 逡巡して、僕はそのドアをノックした。 「どうぞ」君の声が聞こえ、扉を開けると純白に身を包んだ君がいる。 大きなドレッサーの前に座ったまま、こちらに振り向いた。 「…綺麗ですね」 ぎこちなく微笑むと僕の前に君が進み出てくる。  一歩、二歩とこちらに近づくにつれ、君の手に何かが握られていることに気付く。それは護身用のナイフだった。 訳がわからず硬直していると、君はそのナイフを自らのドレスに向け、ビリビリとスカート部分を切り裂いた。ビリビリビリビリと音が続き、目の前に立つ君はすっかりミニスカート姿だ。脚の大部分が惜しげもなく晒されている。 「ねぇ、今すぐ連れてってよ」 そう言って君は力強く微笑んだ。 君の後ろにはなぜか気球が浮かんでいる。これに乗って逃げ出せと言わんばかりに。 訳はわからないまま君を抱え上げ、窓を開け、急いで飛び乗った。 君の結婚なんてなくなってしまえばいい。 動き出した気球のその下で、僕らに気付いた兵士が何か叫んでいる。 「ねぇ、私は貴方が好きよ」 これは君のセリフだ。 身体中が喜びで痺れるのを感じる。ずっとずっと欲しかった言葉だ。 今、僕のポケットには君のために作った指輪がある。なんて都合のいい展開なんだろうか。 僕も好きだと言って、君の薬指に指輪をはめてあげた。 ガクリと気球が傾いた。 落ちる、と、反射的に確信した。 身体がビクリと跳ね、急速に酸素量が増え、脳内がクリアになっていくのを感じる。 嗅覚、聴覚、触覚すべてがリアルな質感を持って僕の身体に戻ってきた。 僕の視界に入ってきたのは、見慣れた黒板と、いつも通りのクラスメイトと、数学の先生、それから君の後ろ姿。黒板はわけのわからない数式で白く埋まっていってしまっている。 ふと机の上に視線を落とすと、なにも書かれておらず真っ白なノートが鎮座していた。 僕はすべてを理解し、バレないように小さくため息をついた。 夢が覚めてしまえば君と僕の関係はまっしろなままだ。 夢で見た内容の幸福感と、ままならない現実の虚しさを感じ、板書のためにシャーペンを取り出す。そのはずみで消しゴムが前へ飛んでいく。 君が、こっちを向いた。
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