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社員食堂でふきのとうの天ぷらが1週間の期間限定でメニューに上がっていたので、純子はその小鉢も選び、ランチライムを同期の吉田とともに過ごしていた。だが、せっかくのランチだというのに、純子の顔はやや元気がなかった。
「吉田さん、ちょっと相談してもいい?」
「うん? どうしたの純ちゃん。やっと、彼氏でも探す気になったの?」
「うんうん、違うの。もっと大事な話」
「大事な話?」
吉田は昼時に純子が神妙な面持ちで話しかけてきたので、思わず構えた。
「うん、そうなの。話してもいい?」
「いいけど、こんなところで大丈夫? どうしたの?」
純子は改まって話し始めた。
「あのね、私ってお酒好きじゃない? この間、日本酒を買って、それを少し飲んだんだ。その時、全部いっぺんに飲み干したわけじゃなくて、少し中身をおいておいたの。別な日にも飲もうと思ったからさ。
それで、いざ、残った日本酒を飲もうと思ったら、一滴も残っていなかったの。あれ、いつ飲んだっけなって感じ。同じように、和らぎ水としてミネラルウォーターのフタを開けていたんだけど、それも少し残しておいたの。なのに、これもお酒と同様に水がなくなっていたの。おかしいよね? 趣味でつくっているお漬物もそうよ。ちょっと、気味が悪くない? 何ていえばいいのかな。私の部屋に私以外の誰かがいて、残った分を飲み食いしているような感覚」
純子は不安そうな顔で吉田を見つめた。吉田はクスっと笑いそうになったが、堪えながら回答した。
「確かに、推理小説だと、家の食べ物や飲み物がなくなっていると、もう一人誰かがいることの伏線にもなるけど、まさか、本当に純ちゃん以外の誰かがいるのかな? 純ちゃんには失礼かもしれないけど、お酒好きだから酔っぱらって、記憶が乏しい時に飲んだり、食べたりしたんじゃないの」
純子は思わず、口をぽかんと開けた。深く納得するとともに、心が安心し、笑みを浮かべながら返事をした。
「やっぱり、吉田さんに相談してよかったよ。ありがとう。そうね、私の飲みすぎかもしれない。深酒した翌日に残りがなくなっているなと思うことが多かったから、きっと、知らず知らずのうちに私が飲んでいたのね」
純子の心はモヤモヤの雲で覆われていたが、吉田の言葉によって陽が差し込み、青い空が身体全体に広がった。その後、二人は食事をしながら、日本酒とふきのとうで一杯やりたいねなどと笑いながら話していた。
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