知らない方が幸せ

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「おっ、こいつは酒好きの臭いがぷんぷんするぜ。ちょっくら、あとをつけてみるか」  こたつに入り、白菜の漬物やみかんを食べるにはちょうどよい季節。  純子は金曜日ということもあって、近くのスーパーで弁当と惣菜と日本酒を買って、自宅のこたつでぬくぬくしながら、晩酌をしていた。 「くうぅー、これだから日本酒は止められないわ。金曜日は一人酒に限るね。明日のことを考えなくていい。とことん飲むぞ」  純子は東京の丸の内に勤務するOL。年齢は26歳。同年代の友達はすでに結婚済みもしくは彼氏もちだったり、彼氏がいなくとも男女の飲み会の場に参加していた。だが、純子はそれよりも一人でバラエティ番組を見ながら晩酌する方が好きだった。  そんな彼女は晩酌中、口をぽかんと開けてから、 「あっ、そうだ、思い出した。あれよ。あれ」 と言い、こたつを出ると、数歩の距離にある冷蔵庫まで歩き、酒のつまみを取り出した。 「これよ、これ。やっぱり、日本酒のおともといえば、お漬物ね」  と言いながら、純子は白菜の漬物を一切れ食べた。 「おいしい。冬は白菜にかぎるわ。さて、晩酌、晩酌っと」  旬の味覚を立ったまま冷蔵庫前で味わった後、彼女は白菜の漬物が入ったタッパーをこたつの上におき、こたつに入ると元のだらしない態勢に戻った。 「やっぱり、俺の勘は当たったわけだ。若い女にしては、見事な酒豪っぷりじゃねえか。おちょこを水でも飲むみてえに、すいすいと喉に流してやがる。しかも、飲んでいるものは焼酎ではなく日本酒だ。嬉しいじゃねえか」  サケケはこたつのテーブルの上に座り、純子の飲みっぷりを観察した。 サケケは人間ではない。端的に言ってしまえばおばけの一種であった。体長は、2リットルのペットボトル程度の大きさで、なんでも、酒好きな人間が一回は成仏したが、酒への未練を抑えきれなくて、姿を変えこの世に舞い戻ったのがサケケの正体らしい。人の家に勝手に住みついては酒を飲み、住民に気味悪がれ引っ越しされてしまうと、酒を求め別な住民の家を訪れる。 「前の男の時には、毎日のようにビールと焼酎をごちそうになったな。飲みすぎてビール腹になって、おまけに体が酒でできていると言ってもいいくらいに、ぶくぶくに皮膚がたるんでいたっけな。そんなもんだから、深酒した日には、皮がたるんで剥がれそうになったこともあったけ。あっ、そうだ。俺はすでにバケモノみたいなもんだから、これが化けの皮が剝がれるってことか。うまいことを思いついたぞ。  ……。なにはともあれ、また飲んで幸せ太りしてやるからな。前の住民はビールと焼酎だけだったけど、この女はしっかりつまみまで用意してやがる。漬物か日本酒と飲むとうめえだろうな。ありがてえ。酒が進むってもんだ。  それにしても、前の男の野郎、家の焼酎が知らない間に減っていると怖がって引っ越ししやがって。新しい住民を探す手間をかけさせるんじゃねえよって話」  サケケはテレビを見て笑っている純子が気づかないのをいいことに、けっけっけとニヤけた顔で彼女の顔を見た。
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