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刹那、高校の校庭からぶわりと白が弾けた。それはまるで、噴水ショーでも始まったかのように。
ドロドロと重みのあるそれは、巨大な怪物のように揺らめくと、波のように地面に舞い降りて、そのまま私の方へと駆け出した。
「走れ由紀!」
「え、えぇっ⁉」
「いいから!あの蝋に飲まれんなよ⁉」
ヤシロが端正な顔に思い切り皺を刻んで叫ぶ。それに気圧されて、私は震える足に鞭を打って駆け出した。
ゴポゴポと背後で気味の悪い音が鳴っている。大量の蝋が、私に手を伸ばしている。凄まじい勢いで迫る蝋を一度視界に入れてしまえば、体内の臓器が全て悲鳴を上げたような気がした。
死にたくない。
死にたくない……!
初めて感じたその恐怖に、私の肺はギリギリと痛んだ。
「止まるなよ、由紀」
「で、でも、どこに逃げれば……!」
追いついてきたヤシロが、妙に落ち着いた声で言う。ゆらゆらと滲んだ視界の中で問えば、ヤシロは危機的状況にも関わらず、ふと微笑んだ。
「お前が思う方向に行けばいい。ここで死にたくないと本気で思うなら、お前には道が分かるはずだ」
そんなの無理だよ。
そう怒鳴りつけたかったのに、私はただ前を見て走ることしかできなかった。大きな白い波が、もうすぐそこにまで迫っていたのだから。
きっとあの波に飲まれたら苦しい。僅かに残った酸素さえ奪われ、肺の中を圧迫していく。そしてじわじわと体内を侵していき、やがて意識を奪っていく。
それを私は、よく知っている。
だからもう、そんなことは御免だった。
無我夢中で走った。
崩れた高層ビルとビルの間を潜り抜け、断裂した道路を飛び越えて。閑散した世界の中をひたすらに走る。
喉が張り裂けそうだった。
心臓が五月蠅かった。
照り付ける太陽が、私の身を徐々に焼いていく。少しずつ肌が蝋に変化していくが、そんなことにも構っていられない。
生きたい。
そう願ったのが初めてで、私はその思いだけに突き動かされて、ようやく見えた光の中に思い切り飛び込んだ。
瞬間、眩い閃光が視界を白で塗り潰した。思わず足を止めてしまい、目を覆う。
止まってはいけないのに。
そう思ったが、気が付くと迫る波の轟音は聞こえなくなっていた。
「……助かった、な」
ヤシロの声に、私は目を覆っていた手をそっと下ろす。朝目が覚める時みたいにゆっくりと瞼を持ち上げれば、そこには海のように広がる青空があった。上下左右、どこを見回しても真っ青な空が広がっている。
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