命の蝋

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「どう、なったの……?」 「世界の果てに辿り着いたんだよ」 「え、ここが?」 「そうだ。その証拠に、あの扉があるだろ」  ここが世界の果て。確かにそう呼ばれるのに相応しい光景ではある。  ヤシロが指し示す先には、大きな白い扉があった。なんだろうと好奇心に駆られてその扉へと歩んでいく。ボロボロの靴が空に触れる度に、清らかな波紋が彼方まで駆けていった。 「……病院?」  開いている扉を覗き込むと、そこは病院だった。白い壁に、柔らかそうなベッド。置かれた点滴と、ベッド付近に並んだパイプ椅子。その光景は、見た事もないのになぜだが懐かしいような気がした。 「元の世界だ」 「元の世界……?」 「あぁ。お前が生きていた世界だよ」  ヤシロがそう言うと、扉の向こうに両親の姿が映った。お母さんは涙を流しながら、ベッドの上で眠る誰かに必死に話しかけている。今にも崩れ落ちてしまいそうなお母さんを、お父さんはそっと支えていた。よく見れば、その背後には友達も何人かいる。  ……あぁ、分かってしまった。  全てを思い出した。  本当は、分かっていた。  両親や友人にあんな顔をさせているのは私だ。そんなつもりはなかったのに、結果的に悲しませる羽目になってしまった。  そりゃそうだよな。  私は、を試みたんだから。 「お前は素晴らしいヤツだよ。こんな世界に迷い込んでも、もう一度前を向くことができた。命の本来の大切さを思い出したんだからな。だからお前は、元の世界に帰ることができる」 「……どういうこと?」 「ここは生死の狭間の世界だ。命の大切さを見失った自殺者が迷い込む世界だよ」  決まりが悪そうにヤシロは笑った。  全てが腑に落ちた。崩れ落ちた世界は、私たち自殺者から見た世界を比喩していたのだろう。太陽の光は、周囲の視線。折れたビルや道路の亀裂は、壊してきた人間関係や、私たちの心の傷跡だったのかもしれない。 「由紀が強いヤツでよかったよ。もうこんなとこ来るんじゃねぇぞ?」  その言葉からは、別れの気配が滲み出ていた。彼もまた、自殺してこの世界に迷い込んだ人なのだろうか。  それを聞くことは、私にはできなかった。 「また死にたくなるようなこともあるかもしれない。その時はどうか、この世界のことを少しでも思い出してほしい」 「……うん。たぶん、この世界での出来事は、私にとって大事なことだから。思い出せば、また前を向けそうな気がする」 「そりゃよかった」  ヤシロは安堵したように歯を見せると、私の頭をそっと撫でた。 「由紀が俺みたいにならなくてよかったよ。……元気でな」  ヤシロの姿が、足元から透けていく。蝋燭の火のように優しい光が、ゆらりと揺れてヤシロの姿を青空に吸い込んでいく。 「ヤシロ、あの……」  扉の中へと進む前に、一度だけ振り返る。消えかかった彼は、寂しそうに笑っていた。 「……ありがとう」  その言葉で、私の意識は泣きたくなるほど優しい白に飲まれていった。
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