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命の蝋
目の前が真っ白になった。
それは遠回しな比喩表現などではなく、本当に視界が雪原の如く白になった。私が目を開けた瞬間に、世界は雪のような白に染まる。もっとも、私が目を覚ます前からこのような光景が広がっていたのかもしれないが、私には微塵も覚えがなかった。
見渡す限り広がる都会の道路。それは所々が地割れのように亀裂を走らせ、カラフルな車たちを奈落の底に吸い込ませている。白い雲を携えた澄んだ青空を隠すように聳え立つ高層ビルは、ガラスが割れて、幾つかがその体躯をぽきりと折っていた。
そして、何よりも目を惹く物があった。
事故現場の如く車が入り乱れた道路に佇む無数の白い彫像。周囲を見回せば、それらは数えきれないほど存在していた。
あれは、人間だ。
一目見れば分かる。精巧な彫像などではない。これほどリアルに苦悶の表情や、手や服の皺などを表現できる芸術家がこの世に居るはずもない。
私は、これが人間だと無意識のうちに理解できた。
何があったのだろう。
私が意識を飛ばしている間に、世界はどうなってしまったのだろうか。私の目の前に広がっているのは、どこかの映画で見たような世界の終焉によく似た光景だった。あの時は幻想的だな、なんて思いながらぼんやりと見ていたが、実際自分がその舞台に立たされると、どうしようもない孤独感と不安感が腹の底から湧き上がってきた。
誰か、誰かいないのだろうか。
私はフラフラと、日陰になっていたバス停から歩き出した。すぐ目の前には、何かに手を伸ばす形で静止した白い人間が佇んでいる。
誰でもいい。
この状況を説明してくれないだろうか。
その思いからか、私はそっとその彫像に手を伸ばした。眩い太陽の光が、私の指に触れる。
「あつっ……⁉」
じり、と日光が私の指を焼いた。彫像に手が届くことなく、私の手は燃える太陽に焼かれて痛みを生む。
そして、私の右手の指先が、ドロドロと白く濁って溶け始めた。
「ひっ……!あ、あぁ……嫌だ……!」
私はブンブンと手を振って尻餅をつく。それでも、ジリジリと迫る痛みは私の腕を溶かしていく。
何も分からないまま、この無数にある彫像と同じ末路を辿るのか。それがたまらなく怖く感じて、私は涙を流しながらただ震えていた。
しかしその時、不意に誰かが私の左手を取って無理やり起き上がらせる。冷たい掌に怯える間もなく、私を起こした人は叫んだ。
「こっちだ!早く来い!」
訳も分からぬまま、私は一人の青年に手を引かれて、白に侵食された世界の中を駆け抜けた。
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