何にもいらない

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 平君は、本当に早退してくれた。  隣に並んでみると背が俺より10センチ以上は高い。歩いている間、平君は黙ったままだった。    俺の自宅を横切り、さらに10分位歩いて登った小高い丘の上にじいちゃんが、住んでいた家がある。 「座ってて」  土間を上がると、台所と、6畳の板間と、もうひと部屋、奥に10畳の部屋がある。板間にこたつを置いている。10月末でも、誰も住んでいないこの家は冷える。  薪ストーブの中に交互に薪を並べて新聞紙に火を点け、扉の中に放り込んだ。勢いよく薪がパチパチと燃えはじめた。 「ここはなに?」 「俺のじいちゃんの家にだったんだ」 「もういないの?」 「一昨年、亡くなったんだよ」 「そうなんだ。静かだね」 「うん。ここには誰もこないよ」   「へぇ、うらやましいな」  絶対にしてはいけないことをする為に呼んだのだ。 「真面目な男子高校生が嘘をついて学校をさぼって、それから禁断の遊戯をしようよ!」  俺は、母ちゃんからくすねた盗品を平君に見せた。    「ジャーン!俺ったら不良でしょー」 「ん?煙草とこれは、梅酒?」 「そう、母ちゃんから盗んできました!」  平君は黙ってそれを見ていた。  「絶対にしちゃいけないけど、試してみる?」   あえて絶対にしちゃいけないと強調する。   平君はほんの少しだけ笑って言った。 「佐々木君、ありがとう。でも、ごめんね、今、とても眠たいんだ」  え?眠いの? 「はは。じゃあ学校さぼって昼寝にする?絶対にしちゃいけない事だけど」 「いいの?」   そんなに眠たいの?切羽詰まってる?  平君は辛そうに言った。 「いいよ、お布団持ってくるから待ってて」  こたつを部屋の隅に移動させ、寝室から布団を持ってきて板間に敷いた。 「ゆっくり休んで」  平君をそこに寝かせた。上から毛布をかけた。 「ありがとう」  そう言うと、彼はすぐに、目を伏せた。  あっと言う間に平君は寝てしまった。  よっぽど眠かったんだろう。  こんな無防備に、眠るんだね。  高校生なのに、彼はとても落ち着いている。 色が白くて中性的な顔なのに、骨格が大きくて男らしい。  すりガラスが風で揺れる音と薪が時々、パチンと燃える音がする。電子音がない静かな空間。  俺は家に戻って母ちゃんからくすねた盗品を元にもどした。必要なくてよかった。バレたら母ちゃんに薪で叩かれる所だった。金髪以来だ。  それから鍋に野菜と肉を入れじいちゃんの家に戻った。薪ストーブの上にその鍋を置いた。こうやってここでコトコトとポトフを煮る。じいちゃんがよくこんな風に料理してた。    午後4時になった。もう3時間位寝てる。  平君、まさか熱でもあるんじゃないかな?  おでこに手を当てる。  大丈夫。熱はない。  平君が、うっすら目を開けた。 「ごめん、起こしちゃった?3時間位寝てたよ」  「そんなに?」  ゆっくりと身体を起こした。 「よっぽど疲れてたんだね。平君が寝ている間にポトフを作ったんだ。食べよう」   部屋が薄暗くなってきたので電気をつけた。ポトフの横で温めたフランスパンもトレイに載せてコタツの上に置いた。 「なんか、ごめんね。ここに来た時、気絶しそうな程眠かったんだ」  「いいよ、何にも気にしなくて。はいポトフだよ」   じいちゃんのポトフは寝起きでもいけるのだ。 「ありがとう。いただきます」   平君はスープを受け取りスプーンで上品にそれを飲んだ。所作が綺麗で育ちのよさがにじみでてる。  「すごい、おいしいね。元気になるよ」  「そう?よかった」  鶏肉とベーコンと大きくきったキャベツと玉ねぎと人参と丸ごとじゃがいもを入れて煮込んだ。コンソメを一つ入れ、仕上げにブラックペッパーをかけた。 「俺の為に作ったの?」 「そう。平君の為だよ」 「ありがとう。僕達はもう友達だよ」 「やったあ!嬉しい、ありがとう」    天にも登るとはこんな気分だ。感動で胸が熱くなった。 「どうして僕と友達になりたかったの?」  平君と目が合った。 「平君が好きなんだ」  あんまり重く聞こえないように、できるだけ明るく言った。  俺は、男だし嫌われても仕方ない。でも、伝えたかった。  平君は、表情を変えなかった。あまり感情を出す人ではないのだろう。 「ありがとう」  優しい人なんだね、嫌な顔はしなかった。 「佐々木君は綺麗だよ」  「それと、とても美味しそうに食べるんだね」    食事が終わって自転車でバス停まで送った。  俺は昨日より、ずっと平君を好きになっていた。  嬉しくて今日は眠れそうになかった。
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