何にもいらない

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 どうしよう。どうしよう。ついに見つけてしまった。俺は見つけてしまった。この感じは初めてだ。心を持っていかれた。奪われた。拐われた。どんな言葉がぴったりなのかわからないけど、俺は見つけてしまった。    名前はさっき調べた。  彼の名前は平理一(タイラリイチ)君。  友達に彼の事を調べてもらった。  彼は特別進学科の生徒。夏休み明けに転校してきたらしい。実家が開業医をしているらしい。頭が良くて塩顔のイケメンで長身のスポーツも出来るスーパーナイスガイ。  絶対に彼と仲良くなる。片思いのままなんて嫌だ。男と男の関係になってみせる。自信はないけど。  一瞬、廊下ですれ違う時、目があった。俺は目が離せなかった。あの永遠の一瞬みたいな瞬間に恋をした。    学校帰り、中学からの友達のアキラと元彼女のジュンを俺の死んだじいちゃんが住んでいた家にきてもらった。じいちゃんが自分で建てた家だ。ここは自宅から少し登った丘の上にある。冬に雪がよく降った時は俺が雪おろしと雪かきをする。家族は母ちゃんと妹だけだから、じいちゃんが死んでからは俺の仕事だ。  俺は甘い綿菓子みたいなふわふわした女子は好みじゃない。  女の子の乾いた声が好き。髪はトリートメントしてないバサバサが好き。子供みたいに笑う娘が好き。ジャニスジョプリンみたいな娘が好き。サマータイムを歌うジャニスに恋をした。今にも壊れてしまいそうな、壊れてしまったジャニスが愛おしい。  ジュンは、ジャニスに少し似ているのかな?ジュンは俺の遅い初恋の人だった。ジュンは女らしい格好はしない。髪も伸ばしっぱなし、化粧もしない。背は俺と同じ身長で170センチある。  ジュンと付き合いだしてよく二人でここで音楽を聞いた。近くにレンタルショップなんてない町だから、流行りの曲はラジオでしか聞けない。だから家にあったCDなんかを持ってきて二人で聴いた。母ちゃんが好きなニルヴァーナをよく聴いた。カートコバーンに憧れてジュンに手伝ってもらって金髪にした。帰ってきた母ちゃんに薪でしこたま叩かれた挙げ句、黒にもどせと言われ泣く泣く染めた。写真を撮っておいて良かった。くたびれたTシャツとわざと破いたジーンズを履いて。なかなかカートっぽく見えなくもない。気に入っている。  ジュンの顔が好きで、声も好きでスタイルも好きだった。一度、キスした。どっちからとなくなんとなく。雰囲気で。なんか、不思議だった。兄弟とキスしてるみたいな気がした。それをジュンに言うとすごい力で背中を叩かれた。俺は気がついた。これは恋じゃない。  俺はジュンになりたかったんだ。  それを彼女に言うと悪い気はしないと答えた。俺たちは友達になった。  ジュンもアキラも中学からの友達。アキラはカッコいい。背もあるし顔も男らしくて女子にモテる。まあ、少し猿っぽいか。  俺はこの二人に平君に恋した事を、発表した。 「それは、平がゲイじゃないと無理じゃない?」  ジュンが言った。 「ミカが女装して女になりすませば」  アキラは適当に返事する。人の色恋に全く、興味がなさそうだ。 「俺は男として好きになってほしいの!」  俺は語気を強める。 「そんなワガママな」  アキラが言う。 「ミカの女装いけるんじゃない?男の娘になったら?」  ジュンも言う。女装に興味はない。 「でもさ、いきなり女の子が好きな男が男から告白されても戸惑うだけじゃんか、女装して超絶可愛けりゃ可能性がなくもない」   アキラが言った。 「好かれたいならやれ」 「今度の学祭で、女装メイドカフェしたら?」  「ミカならナンバーワンになれるよ!」  ジュンはニヤニヤしながら言った。絶対、楽しんでる。 「それしかないの?」  二人とも声をそろえて言った。 「それしかない!」   学祭での俺のメイド女装が決定した。  
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