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2・ファミリア?
と、遠くの方からざわざわと音がする。
音はだんだんと大きくなり、それはこちらに近づいてくる数人の物音なのだと分かった。
物音はすぐそばで止まり、一呼吸置くと、男の声がぼそぼそとお悔みを伝えてきた
うん? この声はもしかして……?
……間違いない。同級生の小田島だ。
となると、一緒にいるのは……同じく同級生の千歳と、一つ下の相馬に違いない。
この三人に俺を含めた四人は、学生時代からの腐れ縁グループだ。妙にウマが合うし適度な距離感があって、変に肩ひじ張らずに居心地がいいのである。
彼らはどうやら、香典を上げに来てくれたらしい。
「あ~あ、もう一緒に競馬に行けなくなっちまったな」
そう語りかけてきたのは千歳だ。競馬と言えば千歳、というキーワードが定着するほどの競馬好きである。毎月の給料日後とビッグレースであるG1のある週末は、必ずと言っていいほど競馬場に誘ってくるほどだ。
「そういや競馬で思い出したけど、千歳、この前の麻雀の負け分まだ払ってないだろ?」
突然麻雀の話を始めたのは小田島だ。小田島は無類のゲーム好きで、それはスマホのアプリから麻雀やトランプといったアナログゲームまで幅広い。ゲーム会社にでも転職したほうがいいのではないかとよく思う。
「負け分? 場所代でチャラって話だったじゃん?」
「いやいや、そんなの聞いてない」
「チャラだなんて俺も聞いてないっすよ」
「話したってば! 誰だっけな……、そうだ、隆史にだ」
二人に責められた千歳はあろうことは俺の名前を出しやがった。
もちろん、俺もそんな話は聞いてない。千歳は喋りが上手で芸人のように愉快な奴ではあるのだが、息をつくように嘘をつく癖もあったりする。騙されるなよ、二人とも。
「それ言ったらさ~、この前の飲み会、俺が相馬の分払ってるからな? それの清算が先だろ?」
「えー? 千歳さん、先輩だから払うって言ってましたよね? 後だしかっこ悪いっす」
「だな~。それにさ、千歳が一番飲むんだから、多く出すのは当然だろ?」
三人の雑談は段々と熱を帯び、いつの間にかちょっとした口論になっていた。
ていうか、仮にも死んだ友人の枕元でも目先のどうでもいい話をするんだな、こいつらは。
もっとあるだろ? この場に相応しい話題がさ。友人に対する別れや感謝の言葉とか、思い出話で盛り上がるとかさ。
いや、それよりも、俺が生きてることに誰か気付いてくれよー!
「ずるぃなぁ。死人に口なし、ってか?」
小田島の一言に場が静まる。
うん、さすがにそれは笑えない。
「……君たち、騒ぐなら帰ってくれんか」
重苦しいじいちゃんの一声がトドメになって、一同は完全に黙り込んでしまったようだ。
気まずい沈黙の後、失礼します、と小さい言葉を残してあいつらは去っていった。
じいちゃんがわざとらしくため息をつく。
「あれが隆史の友人どもかのぅ?」
「そう……ですね。高校の頃からのお友達なはずです」
「ふむぅ……」
「そういえば文代ねぇさん、今日はアレよね?」
気まずい空気に耐えかねるように、貴子叔母さんが口火を切った。
「えぇ。火葬があるわ。あと三十分もしたら火葬場までの迎えが来るはずよ」
ちょ、ちょっと待て!
今何て言った?
火葬……だと?
このままだと燃やされちまうじゃねーか!
さすがに骨になるまで焼かれたら死亡確定だ。
やべぇよ、止めないと……。
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