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1・ホワイトアウト
――目が覚めると、空白だった。
広がるのはどこまでも白、白、白。
物音一つない。静かすぎて耳鳴りがしそうだ。
取り合えず起きるか……。
……ん?
おかしい。
体が動かない。
これは……もしかして金縛り?
いや、金縛りとも少し違う気がする、が。
さーて、どうしたもんか。
そういや、困った時は落ち着いて過去を思い出すべし、と何かに書いてあったな。
よし、やってみよう。
俺は昨夜、何してたっけ?
確か……仕事帰りにいつものラーメン屋でミソラーメンを食べて、帰ってからはチューハイを片手に映画「ギャラクシー・ウォーズ」を途中まで観て、寝たはず……だ。
うん、ちゃんと覚えてる。
次は日付の確認だ。昨日は確か……
と、その時、遠くに人の気配を感じた。
それは穏やかでどこか懐かしい。
気配が段々と近づくにつれ、擦れるような足音も判別できるようになってきた。はっきりとは分からないが、何人かいる。
それらが近くで立ち止まる。
「おはよう、隆史」
俺にそう呼びかけたのは、母ちゃんの声だ。
返事をしようとしたが、声が出ない。それどころか、声のした方に顔を向けることすらできない。
この状態は困るな。早く治るといいのだけど。
「文代さんや、ちゃんと眠れたかいのぅ?」
「少しウトウトしたので大丈夫ですよ、お義父さん」
「そうか……」
今の声は……じいちゃん?
じいちゃんは田舎に住んでるのに、なんでこっちにいるんだろう?
ちなみに文代ってのは母ちゃんのことだ。
「辛かったらいつでも言ってね、文代ねぇさん」
「えぇ、ありがとう。貴子さん」
え? 貴子叔母さんも来てる?
俺には知らされずに親せき大集合でもしてるんだろうか。一体どうなってるんだ……?
「隆史くんは幸せ者ね。ねぇさんに大事に育てられて」
うん? 何だ?
俺の名前が出てる?
「そうだといいんだけど……。た、隆史ぃ……」
母ちゃんは弱々しくつぶやくと、そこで黙り込んでしまった。微かに鼻をすするような音が聞こえる。
もしかして……泣いてる?
「泣きたい時は泣いた方がいい。誰も責めたりなんかせんわ」
「そうですね……。でも、喪主としてしっかりしないと」
じいちゃんの声もなんだか鼻水交じりでぐずって聞こえるぞ。というか、不吉な言葉が聞こえたのは気のせい?
「ふむ……。本当に、雄二郎にはもったいないくらいの嫁さんじゃわい。苦労かけるのぅ」
「そんなことありません。雄二郎さんには今でも感謝してます」
「そう言われると雄二郎も救われるわい。しかしまさか、親子で同じ病気とはのぅ……」
じいちゃんの言葉には誰も答えず、小さな嗚咽だけが響く。
雄二郎ってのは俺の親父だ。俺が中学生の時に病死している。
「まったく、神様も残酷じゃ。どうせ命を取るなら隆史や雄二郎なんかじゃなく、この老いぼれの命を持っていけばよいものを!」
じいちゃんの怒声が虚しく響く。
……えーと。
なに、この重い雰囲気?
というか、さっきから出てくる不吉なワードを総合すると、勘の鈍い俺でもさすがに察するものがあるわけで。
……俺、もしかして死んでる?
う~む。
確かに変だと思ったんだよなぁ。体は全然動かないし、感覚もほとんどない。自分が呼吸しているのかどうかも分からないんだわ、これが。
この状況から、白しか見えない理由も予測がつく。これはきっと、死んだ人の顔に載せられる白い布なんだろう。
でも、耳は聞こえてるし目は見えてるし、何といっても物事を考えられる。
つまり俺は死んでない! 生きてるんだ!
問題は、どうやってそれを知らせるか、だ。
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