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目が覚めたら、世界が一変していた。
「あなたの無実が確定しました」
弁護士が誇らしげに言う。
一週間いた監獄からの脱出。
うんざりするほど乱暴な取り調べからの解放。
扉をあけた警官の苦々しげな顔。
用意された記者会見の場。
「今のお気持ちは?」
「犯罪抑制プログラムのミスだそうですが、制度についてどうお考えですか?」
次々と飛んでくる質問。
「まだ起きてもいない罪について、人を捕まえ、閉じ込め、裁こうとするなんてやはり横暴だと思います。でも、僕が罪を犯さないことは僕が一番よく知っていたので、絶対にこうなると思っていました」
力なく微笑みながらも、僕は内心で舌をだした。
これで、僕の勝ちだ。
犯罪抑制プログラムができて、二十年。いろいろと反対意見もあるなか、警察・検察はその制度に頼って運用してきた。
これまでの犯罪のデータや、個人のデータを解析することにより、事前に罪を犯す人間をあぶり出すシステム。SF映画なんかでよくあるシステムだ。
殺人、強盗などの重大犯罪に限ったものではあるが、実際に事が起きる前に犯人を捕まえることで、犯罪の発生を防ぐ。おかげで、被害は減少した、ということになっている。
だけど、
「確かに僕は、桜井さんを恨んでいました。殺したいと思うほどに。ですが、殺したいと思うことと、実際に殺すことには天と地ほどの差がある。思うことだけが罪だというのならば、ほとんどの人が捕らえられるのではないでしょうか? たとえば、そこのあなた」
僕は一番前にいた記者を指さす。
「横暴な上司とか、意地悪な同僚とか、これまでに誰にも、一度も、いなくなればいいのにという殺意を抱いたことはありませんか?」
僕の質問に、記者は曖昧な笑みを浮かべる。それが、答えた。
「でも、普通は実行にはうつさない。殺人はリスキーだからです。自分の人生を一変させる。思うだけでとどまる。なのに、犯罪抑制プログラムは思っただけで犯罪者扱いして捕まえる。内心の自由の侵害では?」
「ですが、諸々の条件から犯罪に手を出す可能性が高いと判断されたわけですよね?」
「可能性が高いと、実際に動くのはイコールではありませんよね。とはいえまあ、人の命のために予め捕まえて防ごうと思うのはわかる。でも、間違えましたよね?」
そう、犯罪抑制プログラムは間違えた。
僕が桜井を殺すと判断し、僕を捕らえておきながら。
「再計算プログラムで、僕が罪を犯す可能性は限りなくゼロに近かった」
犯罪抑制プログラムだけに任せておくのは不安だ。そう主張する人々によって、一応作られた再計算プログラム。本当にその人が罪を犯す可能性があるのかを、別角度から調べる。
それで違う結果を出されることは今までなかった。あたりまえだ。再計算プログラムも警察側が作ったものなのだから、齟齬がでないようにするに決まっているまた別の機関が作ったものならば、信頼もできるというのに。
だが、今回は違う。
再計算プログラムで、僕はシロだと判断された。
「犯罪を防ぎたいというのは立派なことだと思います。ですが、犯罪抑制プログラムも万能ではない。今となっては古い言葉ですが、10人の真犯人を逃すとも、1人の無辜を罰するなかれという言葉があります。犯罪抑制プログラムは冤罪の温床です。今一度、見直すべきではないでしょうか? 犯人じゃないことが証明されても、僕を犯人だと疑い続ける人はこの先も後を絶たないでしょう。再計算プログラムが間違っていたと思う人もいるでしょう。そして、捕まっていた僕の時間は戻ってきません。僕は何もしていないのに」
フラッシュがたかれる。眩しい。
「犯人じゃないことを証明するのは難しい。悪魔の証明になりますから。だから、犯罪抑制プログラムを使うにしても、再計算プログラムを警察ではない別組織で使ったり、せめてもう一つ別のプログラムを作り、三つが揃って初めて捕まえるなどした方がいいのではないでしょうか?」
眩しいけれども、これは勝利の光だ。
これは復讐だ。
システムへの、復讐。
僕から父を奪った。
強姦をすると判断され、捕まりそうになった父は、逃げる途中で事故に遭い、死んだ。父は命も名誉も失った。
「逃げたのは心当たりがあったからだ」
葬式にきた警察官は、謝ることもせずそう言った。
だから、復讐しようと思ったのだ。
犯罪抑制プログラムと、再計算プログラムの仕様を調べ、それぞれ何を入力し、判断しているかを把握した。その上で、僕は、桜井を憎んでなどいない。だが、桜井を憎み、殺すと企んでいると犯罪抑制プログラムが判断しそうな行動をとり続けた。わざと捕まるために。
そして、再計算プログラムでは犯人ではないと判断されるように気をつけていた。もっとも、それだけでは不安だから別角度からもアプローチしたのだが。
記者会見を終え、家に戻ると、携帯デバイスが鳴った。届いたメッセージには振込口座だけが書かれている。デバイスを操作して、そこに一千万円振り込んだ。父と母の遺産、そのほぼ全てを。ハッカーに対する成功報酬だ。
これは、まずは一石。
僕は、僕がシロと再計算プログラムが判断するように、システムをハッキングするよう依頼していた。だから、僕はシロと判断される運命だった。
そして、ついでにウイルスも仕込んでもらった。これでこれから先、再計算プログラムは一定の割合でシロの判断を吐き出すだろう。犯罪抑制プログラムが消えるのは時間の問題だ。
たとえ百人殺されようとも、僕は父の復讐を成し遂げる。僕が殺すのは桜井ではない、システムだ。
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「次のニュースです。東京都港区の路上で福山裕章さんが刺殺されました。警察は丸岡真斗容疑者を現行犯逮捕しました。丸岡容疑者は犯罪抑制プログラム製作の第一人者であり、福山さんは犯罪抑制プログラム廃止のきっかけとなった、冤罪事件で逮捕されていた人物です。丸岡容疑者は調べに対し、福山さんのせいで犯罪抑制プログラムが廃止となり、犯罪が増えた。犯罪抑制プログラムがあれば、自分は事前に逮捕され、福山さんが死ぬことはなかった。自業自得だ。などと供述しているようです」
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