第1章-1 やんごとなき探偵

10/10
前へ
/248ページ
次へ
 壮吾と刻の、友人の枠を超えた関係を知っているだろうに、おくびにも出さないのはさすがというか。 「島ノ江さんて、かっこいいし、もてそうですよね。一緒に働く女性達を毎日ドキドキさせてるんじゃないですか」    こうして二人きりで話すのは初めてではないが、島ノ江のやわらかい雰囲気に後押しされ、やや突っ込んだ話題を振ってみる。 「いえ、そのようなことはございません。私など、彼女達にとっては空気のような存在です」 「ははっ、またまた~、謙虚なんですね」  壮吾よりも頭一つ分高い男を見上げると、余裕の笑みを返される。 「春井様こそ、眼鏡着用をお忘れなきようお願いします。刻様が心配されますので。くれぐれもご自愛ください」    刻の名を出されては、素直に頷くしかない。 「……はい。あいつにもいつもうるさく言われてたのに、正直油断してました」  広い屋敷の一階、廊下の一番奥の扉を開けると、高級車が何台も並ぶガレージへ出る。島ノ江が先回りしてドアを開けてくれた。  ピカピカに磨かれたボディに触れぬよう、身を縮めて乗り込む。  背丈よりはるかに高い門扉を通り抜け、黒い車体は久須美邸の敷地を出る。  車内の窓越しにふと視線を飛ばし、屋敷の窓を見た。  数分前まで自分が滞在した部屋の窓を見つける。そのカーテンが揺れた気がした。  刻が見送ってくれていたかもしれないと、都合のいいように想像する。    ミラー越しに島ノ江の視線を感じたが、壮吾は、ふっと自虐的な笑みをこぼさずにはいられなかった。
/248ページ

最初のコメントを投稿しよう!

242人が本棚に入れています
本棚に追加