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壮吾と刻の、友人の枠を超えた関係を知っているだろうに、おくびにも出さないのはさすがというか。
「島ノ江さんて、かっこいいし、もてそうですよね。一緒に働く女性達を毎日ドキドキさせてるんじゃないですか」
こうして二人きりで話すのは初めてではないが、島ノ江のやわらかい雰囲気に後押しされ、やや突っ込んだ話題を振ってみる。
「いえ、そのようなことはございません。私など、彼女達にとっては空気のような存在です」
「ははっ、またまた~、謙虚なんですね」
壮吾よりも頭一つ分高い男を見上げると、余裕の笑みを返される。
「春井様こそ、眼鏡着用をお忘れなきようお願いします。刻様が心配されますので。くれぐれもご自愛ください」
刻の名を出されては、素直に頷くしかない。
「……はい。あいつにもいつもうるさく言われてたのに、正直油断してました」
広い屋敷の一階、廊下の一番奥の扉を開けると、高級車が何台も並ぶガレージへ出る。島ノ江が先回りしてドアを開けてくれた。
ピカピカに磨かれたボディに触れぬよう、身を縮めて乗り込む。
背丈よりはるかに高い門扉を通り抜け、黒い車体は久須美邸の敷地を出る。
車内の窓越しにふと視線を飛ばし、屋敷の窓を見た。
数分前まで自分が滞在した部屋の窓を見つける。そのカーテンが揺れた気がした。
刻が見送ってくれていたかもしれないと、都合のいいように想像する。
ミラー越しに島ノ江の視線を感じたが、壮吾は、ふっと自虐的な笑みをこぼさずにはいられなかった。
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