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着信音で目が覚めた。刻からだった。
『やあ春井くん。まだ眠っているのかい? 昨日自慢げに話していた生活リズムは、疾うに崩れてしまったようだね。十五分後に迎えに行くから、今すぐに身支度をしたまえ』
「……んん……事件か?」
いつもの、偉そうな調子の刻の声が携帯から聞こえた後、通話はプチッと切れた。
やんごとなき身分を利用し、趣味で探偵業をやっている刻から連絡が来るときは大抵こんな調子だ。
壮吾の都合などはおかまいなしで、一方的に呼び出される。しかも「来れるか」ではなく「来たまえ」だ。
――ほんと、俺が先輩だってこと完全に忘れてるよな……
十年も前の高校時代、壮吾が刻より一学年上だったというだけ。校内での交流はほぼ皆無だったから、忘れられてもしかたがない。
そもそも、あの男には先輩後輩の概念などないだろう。
――まあ、あいつには交友関係全て把握されてるから、仕事以外に予定がないのもバレてんだろうけどな
毎回いいように振り回されているのだが、壮吾としては、会えるなら何でも嬉しいと思ってしまうのだ。
刻と壮吾は育った環境も家柄も違いすぎて、彼が何を考えてるかなんてわからないし、それは今までの付き合いの中でもずっと変わらない。
でも、これだけは断言できる。
――久須美は、俺の気持ちに気づいてない
久須美刻という男は、自分の興味のある事以外は、一切気持ちを寄せない男だ。
それは、近くにいる壮吾が一番よくわかっているつもりだ。
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