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「そろそろ帰るよ」
刻の視線を背中に感じながら、シャツのボタンをはめていく。
「しばらく仕事は在宅だと言ったね。君のために島ノ江が客室を整えているから泊まっていけばいいだろう。……たまには応えてやってくれ」
刻にしては珍しく、懇願するような口ぶりに気持ちが揺れる。だが壮吾は泊まるつもりはなかった。
「ありがたいけど、自宅で寝起きしないと生活リズムが崩れるんだよ。おまえが考えるより、在宅勤務っつーのは自分に気を遣うもんなの。それに……」
着衣を整え、壮吾は振り向いた。
「実は、塾の方がだめになったから、もう一つ仕事探さないとヤバくてさ」
刻はしどけなく裸体を横たえ、じっと壮吾を見ていたが、色素の薄い瞳が鋭く光った。
「ダメになった?」
普段は衣服の下に隠れているが、上半身は、彫刻のように均整の取れた美しい筋肉に覆われている。
それに目を奪われそうになりながら、壮吾はずれてもいない眼鏡をくいと指で上げた。
「どういうことかわかるように説明しまたえ。生徒と何かあったのか? それとも同僚か」
すぐに答えられなくて、壮吾は黙り込む。まさか両方だなんて言えない。
「えっと、その……。いやあ、どうも俺の周りには思い込みの激しい人物が集まりやすいみたいでさ」
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