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「素顔を――君の、眼鏡を外した目を……見られたんだね」
図星を指され、何も言えなくなるが、正直に自白する。
「昼休みに休憩室でうたた寝して、その後の数分間うっかり眼鏡をかけ忘れてさ……。でも、見られたのは生徒」
ほらみたことかとでも言いたげに、刻は肩をすくめて腕を組む。
「前々から思っていたことだけれど、君には学習能力ってものがないのかい? 喉元過ぎれば熱さを忘れる、か。……本当に馬鹿だね、君は」
「面目ない……」
反論できないので、壮吾は小さくなる。そんな言い方でも、自分を心配しての言動だと思えばありがたい。
そして、凝りもせずそんな刻に対して、淡いときめきを覚えてしまう。
「とにかく、当分の間は用心に越したことはないよ。島ノ江、このぼんくらを自宅まで送り届けてくれ」
いつの間に部屋の隅に控えていたのか、主人の声にじっと耳を傾け、「かしこまりました、刻様」と、従順な執事は優雅なしぐさでドアを開け、壮吾を促した。
ぼんくらはないだろうと思いつつ、壮吾は島ノ江に向かって一礼する。
「面倒かけてすいません島ノ江さん。それじゃ久須美、またな」
バッグを肩にかけ、壮吾はドアへ近づく。
「また、こちらから連絡するよ。くれぐれも警戒するように」
「うん、わかった。……おやすみ」
重厚なドアがゆっくり閉まるのを待って、壮吾は立ち止まり、息を吐いた。
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