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その日は、晴れていました。
「あ、せ、先輩、来てくれて、ありがとうございます」
先輩は、これは告白の練習だと思ってくれたようです。
緩やかな風が吹いて、フェンスが音を鳴らしていました。
「い、いきなりで、すみません。これは、あの、本当は練習とかじゃなくて」
私より、少し高い位置にある目線が、こちらを見てくれていて。
「私、あの、本当は先輩のことが好きで……」
世界に二人きりで、周りはすべて空の様で。
「付き合ってほしいとか、そういうのではないんです。ただ」
きっと、これは一生に一度の恋だから。
私はこの恋に目覚めて、頭の中が真っ白になって、そのことしか考えられなくなって、そんな体験、いままでにしたことなくて、私は、先輩に覚えていて貰えるなら。
「好きなんです。そのことを、覚えていてもらいたくて」
私は先輩に背を向けて、数歩進みました。
フェンスが揺れています。
「覚えていてくれますか?」
私は、流されるばかりで、自分からなにかをすることがなくて。
けれど、初めて恋をしたことで、ようやく、自分から動くことができたようで。
とても、嬉しかったんです。
「え……はい、先輩。私は、先輩に、ただ、覚えていて欲しいんです」
緩い風で揺れるようなフェンスではありませんから、前に来た時に、部分的に外しておいたのです。調べたところ、網型のフェンスは工具さえあれば壊さなくても外すことができるようでしたので、人ひとり通れる程度に、外しておきました。
――だって、きっと、忘れてしまうと思うのです。
どうすれば覚えていて貰えるでしょうか。どうすれば、私のことを、先輩がいつも思い出すようになるでしょうか。都会で生きて、十年後、二十年後にも思い出して貰うには。
これは、一生に一度の恋だから。
「だから、どうか、覚えていてくださいね」
風にあおられてめくれそうになるスカートを押さえて、フェンスの外をそっと歩きます。先輩が目を見開いて私を見ていました。その目に映ることができて、嬉しくなります。
「ね、先輩」
階段を踏み外したように、足が空を切って。
浮遊感。
空がきれい。窓ガラスが陽射しを反射して、きらきらとして。
そう、先輩と出会ってから、すべてがこんな風に輝いて見えて。
楽しかったです。嬉しかったです。
先輩。先輩はきっと、私のことを忘れられませんよね。ずっと覚えていてくれますね。こんなことをして、私はとても悪い子だと思います。
でも、私のことが、彼女さんと一緒にいても、遊んでいても、寝ていても、ふとしたときに、私のことを、思い出して、忘れたくても、目に焼き付いているような、そんな記憶に。
なったらいいな、と思うのです。
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