星 火 燎 原

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***  駅の北口を出て西に20分ほど歩くと、戸建ての家が並ぶ住宅街が広がる。その住宅街への入り口に潮入(しおいり)交番はあった。東京都道・港那伽新宿線と、住宅街を横断する細い道路に面した角地である。  10年ほど前に建て替えられた2階建ての白い庁舎は、小さいながら地域住民の安心に繋がっていた。治安維持の為のパトロールをはじめ、事件や事故の対応、道案内、迷子の保護、遺失物・拾得物の受理などその業務は多岐にわたり、そのため交番勤務の警察官は、住民にとって最も身近な存在であると言える。  その警察官が何者かに襲撃された。  通報したのは、潮入交番の裏手に住む主婦である。買い物から徒歩での帰宅途中、交番のある角を曲がり、小さな十字路を2つ越えた。  この少し先には、道路下を横切るかたちで幅1メートルほどの用水路が流れており、その用水路のフェンスに沿って、車両侵入禁止の狭い道路が走っている。以前ここから勢いよく飛び出してきた自転車とぶつかったことがある為、主婦は手前から歩く速度を少し落として、習慣的に右の方へと目を向けた。  フェンスの間から勢いよく伸びた草が、道路の3分の1ほどを覆っている。その緑色の葉陰に、ちらちらと紺色の物体が見えた。  近くに住む人が、何かを袋に入れてそこに置いたのかと思ったのだが、こちらに向いているのが明らかに人の足だと認識し、慌てて110番したという事だった。  倒れていたのは、潮入交番勤務の高橋翔吾巡査、23歳。腹部を刺され、病院に搬送されたが、意識不明の重体であるという。 「捜査に関しては既に刑事1課が動いている」  苦々しい表情で久我が言った。 「ただ、犯人が逃走しているとなると、周辺住民の安全を確保する必要がある」 「保育園や学校に通ってる子の親には緊急メールを配信、区民にも防災無線で注意喚起をする事が既に決定している」  椎野の言葉に、いやが上にも緊張感が高まる。  そう、警察官を刺した犯人が、第2、第3の犯行に及ぶ可能性はない、という保証などどこにもないのだ。
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