星 火 燎 原

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 通報があったのは11時50分。志馬が署に戻ったのが12時35分。椎野とともに覆面パトカーで潮入交番に駆けつけ、そこで近嵐係長から詳細を聞いたのは12時55分。  現在時刻は13時30分をまわっている。15分ほど前に、防災行政無線によって事件の概要と注意喚起が港那伽区全域に放送された。  志馬と椎野は周囲に鋭い視線を投げかけながら、互いに無言で住宅街を歩いていた。普段であれば子どもたちで賑わっているであろう公園も、今はひっそりと静まり返っている。それとは対照的に、左耳に仕込んだイヤホンからは、ひっきりなしに現状報告と指示と応答の声が飛び交っていた。  何者かによって引き起こされた事件は、住民の日常をも破壊した。人々の心に大きな影を落とし、被疑者逮捕まで怯えて過ごさねばならない。  建ち並ぶ家々の前を歩いていると、門のなかから70代くらいの男性が、動揺を(あらわ)に外の様子を窺っているところへ出くわした。すかさず志馬が声をかける。 「家のなかに入って、きちんと戸締まりをしておいてください」 「孫が、この先の保育園に行ってるんですよ」  切羽詰まった表情で、声を震わせて男性が答える。 「娘から連絡があって、仕事を切り上げて迎えに行くと言ってたんですが……警察の方ですか?」 「はい。パトロールを強化してますから。心配なのは解りますが、ご自身の安全を確保してください」 「娘さんから連絡があったのはいつだ?」  椎野が割って入ってきた。男性の目が、自分よりも小さな椎野に不安げに向けられる。 「5分……いや、10分くらい前でしたかね」 「それからずっとここで外を見ていたのか」 「ええ、もう心配で」 「不審な人物や車を見かけなかったか?」 「放送が入ってすぐくらいは、ご近所の方たちも何人か心配して外に出てましたが、すぐに家のなかに戻られて。もともと人通りの少ないところですのでね、パトカーが1台通ったきりですよ」
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