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星 火 燎 原
港那伽駅南口から徒歩12分。銀行や郵便局、税務署等から少し離れたところにある妙に近代的な建物、それが警視庁港那伽警察署である。
地上7階、地下2階。吹き抜けのロビーは明るく開放的だ。エレベーターが3基、それぞれ始点が5メートルずつずれて設置されており、2階、3階、4階へ直接繋がっている。
そんな洒落た空間に突如、甲高い女性の声が響き渡った。来庁者はもちろん、窓口の警察官さえも何事かと首を伸ばす。
集まった視線の先には、くねくねとうねった茶色の長い髪、遠目でもくっきりと判るほどの厚化粧、膝下まである真っ赤なトレンチコートに身を包んだ熟年女性が、入り口にいた警察官に向かって声高に詰め寄っていた。
「やーもう、うちはただ"生活安全課はどこですかー"って聞いてるだけやん、なんでそう、つれないん!」
真っ赤なマニキュアがやたらと目立つ骨ばった手でばしーんと警察官の腕を叩く。暴行罪だ。
これで終わりかと思いきや、今度はつけまつげとアイラインで容赦なく縁取られた目を見開き、警察官を覗き込んでいる。
「……あら? あらららら? お巡りさん、よう見たら顔じゅう吹出物だらけやん。ちゃんと栄養あるもん食べてんの? そんなやったらカノジョもできんやろ」
公然と無礼な言葉を並べる。これは侮辱罪に当たる。
「もーっ。いい若いモンが、あかんやん、身だしなみはちゃんとせんとー。ま、制服姿はまあまあキマッてるで」
ばちんとウィンクすると、扇子のような睫毛から風が起こった。化粧も身なりも派手であるが、目尻や口もとに刻まれた長い年月の積み重ねは隠しきれていない。
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