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「私だって、事が順調に運んでいれば、現実逃避せずに済むのに」
「テメエは常に現実を見てろよ。何も証拠が上がんねえのか」
「まあ、明らかなんだけどね。着ていたパーカーの袖口と裾には血液ついてるし。凶器の折りたたみナイフもジーンズの尻ポケットに入ってたし」
「ふうん」
突然、まるで興味がなくなったとでも言いたそうに、椎野がふっと視線を外した。それを見た久我の目がきらりと光った。
「ほら、ね? ほらほら」
「あ?」
「椎野君もきっと私と同じことを考えてる」
目をキラキラさせながら嬉しそうに微笑む久我に、鋭い舌打ちを放つ。そんな仕打ちになど慣れている久我は、にこにこしながら椎野の言葉を待った。
やがて根負けしたのは椎野だ。はあーっと深くため息をついた。
「俺と同じこと考えてんなら、わざわざ俺が言う必要ねえな」
「うふふ」
「……あいつじゃねえ気がする」
欲しかった回答が得られたことで、久我は会心の笑みを浮かべた。
「だよね。私もそう思う。凶器を捨てずに持ってたり、中途半端な逃走したり。もしヤツだったとしても、逮捕されたがってたとしか思えない」
「ヤツは何か言ってんのか」
「いや、だんまりを決め込んでるよ」
「だろうな」
「高橋巡査によると、ヤツとは何の面識もないという事だが、こっちが覚えてないだけという可能性もあるからなあ。まあ、証拠は充分すぎるほど揃ってるんだから、すぐにでも逮捕状は請求されるだろう」
「動機は警察官への逆恨み、犯人逮捕で一件落着、めでたしめでたし、か?」
「だったらいいんだけどな」
久我がふんっと鼻息を荒くする。
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