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久我が開けたドアの中は薄暗く、山積みされた段ボール箱が最初に目につく。それから壁際に並んだ、使い古されたような灰色のスチールキャビネット。右手には埃臭そうな応接セット。倉庫と言われても文句は言えない。むしろ倉庫以外のなにものにも見えない。
「生活安全対策第5係です」
そう、倉庫ではなく、此処こそが久我の活動拠点なのだ。
明るいところにずっといたせいで目が慣れないのか、「お姉さん」は暫しまばたきを繰り返していたが、やがて中にいた人物に気付いて、顔じゅうに笑みを広げた。
「いやーんしぃちゃん! おったの気付かんかったわあ!」
2つずつ向かい合ったデスクにばたばたと駆け寄り、「しぃちゃん」こと椎野の隣のデスクにちゃっかり座る。
「相変わらずべっぴんさんやねえ、うちのお嫁さんになってくれへんかなあ?」
椎野は男である。「べっぴんさん」でもないし「お嫁さん」にもならない。どこから反論すればよいか判らず、椎野は眉間を寄せ、ただただ上体を「お姉さん」から離した。
次に「お姉さん」の目が、前に座る明智を捉えた。肉食動物にロックオンされた小動物のように、明智がびくりと身を竦める。
「梨果ちゃん! あんたはもー、まるで古井戸から這いずり出てきた亡霊みたいやんか。もうちょっとおしゃれしたほうがええよって、お姉さん前に言うたやん。寝癖直して、口紅つけるだけでも違うのにぃ」
男である椎野をべっぴんさん呼ばわりしといて、なぜ同じことをスッピンの椎野にも言わない?と明智の目が尋ねているが、言葉としては発せられない。ひとつ言い返せば100返ってくるのは既に知るところである。
4つのデスクを見渡せる位置、俗に言う「誕生日席」に置かれたひときわ大きなデスクに久我が座り、顎の下で両手を組んで、はしゃぐ「お姉さん」をじっと見据えた。
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