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「お会いできて光栄です──美紘サン」
椎野の目の前まで来ると、男は左手を己の胸に当て、右手を背後にまわして仰々しく頭を垂れた。そのあまりにもわざとらしい仕草につい舌打ちしそうになったが、かろうじて堪える。
「……ふうん」
顔を上げ、真っ直ぐに椎野の目を見据えた[エディ]は、意味ありげににやりと笑んだ。
「なるほどね。芸能人みたいにキラキラしてるって訳じゃないけど、妙に人を惹き付けるんだね。仏頂面なのに」
ふと[エディ]の右手が上がり、よけるより先に、左頬へそっと指先が触れた。
「痕になっちゃったんだ……この傷、あいつにつけられたんだよね」
椎野の左目の下にある、1センチほどの細い傷痕は、疋田伶士にペティナイフで切られたものだ。深い傷ではなかったが、僅かに盛り上がる傷痕は消えることなく、当時の記憶とともに、常に静かに存在する。
「あいつのこと、好きだったの?」
はあ?と椎野は眉を寄せた。ヤツは犯罪者だ。好きだの嫌いだのといった感情などない。
「……まあいいや。部屋でゆっくり話そう。美紘サンも、僕に聞きたいこと、たくさんあるでしょ?」
[エディ]は手を椎野の背にまわすと、ラウンジの隣にあるエレベーターホールへと椎野を促した。中央に大きな花が飾られたホールは、8基のエレベーターが4基ずつ向かい合っている。
「このホテル、65階と66階にスイートルームがあってね。そこを借りたんだ」
背中の手が肩へとまわされ、椎野は反射的にその手を払いのけた。[エディ]は驚いたように目をまるくしたが、すぐにクスクスと笑い声を漏らした。
「もう、つれないなあ」
ささやかなベルの音が鳴り、エレベーターのドアが開いた。
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