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椎野と[エディ]がエレベーターに乗り込んだのと同時に、ラウンジの入り口ちかくの席で新聞を読んでいた男性と、サービススタッフの女性が、慌ただしくエレベーターホールへと駆け込んだ。
「スイートルーム直通のエレベーターだ」
妙に肩の張ったグレーのスーツを着て、取って付けたような銀縁眼鏡をかけた男性──志馬が、ぎりりと歯噛みする。
「デートって言ってたから、デートって言ってたから」
真っ白なシャツと黒のベスト、黒のロングスカートに深紅のソムリエエプロンというシックな装いだが、中身はやはり明智である、血走った目をぎらつかせ、荒い鼻息で壁に掛けられた大きな絵画が落ちそうだ。
「65階だ……ちっ、いい部屋取りやがって」
「どうする、乗り込む? それともシャワーを浴び終わるのを待ってからのほうが」
「とりあえず班長に連絡しないと」
「部屋に入って堪えきれずにすぐ、というパターンもある……一体どっちだ」
「明智、テメエ少し黙ってろ」
「なんだ鬼瓦、昭和みてえなカッコしやがって」
ふと背後に気配を感じて振り向くと、本物のホテル従業員が困惑しきった表情で立っていた。
「ご協力、感謝します」
にこりともせず明智が言うと、明智が怖かったのだろうか、従業員が小さく「ひっ」と悲鳴を上げた。
「我々はもうしばらくこちらにいさせてもらいたいのですが、よろしいですか?」
「えっ、え、ええ、どうぞ」
「ありがとうございます」
礼を述べながらも「あっちへ行け」という明智の目に恐れおののき、従業員は手本のようなお辞儀をしてから、カウンターへと小走りに戻っていった。
「……明智」
「なんだ」
「今に始まったことじゃないが……」
「ああ」
「顔が怖え」
「そうかいありがとよクソ鬼瓦」
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